私は、なんて、とんでもないことを。先生からの話を聞きながら、私は頭を抱えた。
私の席の左前。そこには誰も座っていない。つい数日前には座っていたのに、もう二度とその席が埋まることはないのだ。
その机の上には一輪の花が挿された白磁の花瓶が置かれている。赤い花が、まるで私を睨んでいるようにも思えた。
かつて、それは冗談、遊び、いや、いじめのために私たちが置いたものだった。けれど今は、まさしく本来の意味で置かれている。
彼女はいなくなってしまった。もう戻ってくることはない。みんなが見ている前で、学校の屋上から飛び下りたのだ。
周りにいた友人たちも、みんな顔が蒼白になっていたり、俯いて誰とも視線を合わせないようにしている。
けれど、直接手を出していない女子や、男子は、私たちの方へとちらちらと視線を送っていた。
お前たちのせいで。お前たちが彼女をいじめなんてするから、こんなことになったんだ。責めるような視線の色。
見るな! そんな目で私を見るな! 見ていただけのお前らだって同罪なんだよ! 何を他人事みたいな顔してやがる!
内心で叫んでもその視線の針が止むことはない。それは後悔となって私の胸に突き刺さるのだ。
彼女をいじめていたのは、クラスの中でも目立っていた数人の女子。その中でも、中心にいたのは、私だった。
あの子はおどおどしてて、男子にもひそかに人気があって、そのくせかわいくて。
それが何よりも気に入らなかった。こんなやつ、いなければいいのにと思っていたし、本人にも言った。
けれど、まさか本当にいなくなってしまうとは思ってもいなかったのだ。いなくなれば、なんて思ってはいても。
彼女が屋上に立った時も、それをみんなで見上げた時も、彼女が飛び下りると言った時も、本当に飛び下りるなんて思ってすらいなかった。
けれど、彼女は飛んだ。頭から真っ逆さまに、落ちて、落ちて、そのまま弾けた。
周りの悲鳴も、教師の声も、何も聞こえなかった。ただ、彼女が落ちた時の嫌な音だけが、やけに耳の中に残っていた。
違う。そんなつもりじゃなかった。そんなことも言ったけれど、それは全部、ほんのお遊びで、だから。
今さら何を言っても、私の言葉は空虚に響くだけだった。彼らの中では、私たちはいじめっ子で、そして、彼女を突き落とした犯人だった。
視界が真っ暗になる。彼女を屋上から落としてしまった私の未来は、もう何もない、ただの真っ暗な闇が広がっているだけだった。
最悪な今でも未来はある
私は読んでいた本を閉じた。西尾維新先生の『クビツリハイスクール』。本とともに思い出していた私の学生時代の思い出も閉じる。
あの当時、私は罪悪感と恐怖に苛まれて、今にも頭がおかしくなりそうだった。明日にでも警察が我が家に来て私を捕まえるのだと信じて疑わなかった。
けれど、結局、警察は来なかったし、彼女の責任を取るように糾弾されることもなかった。
彼女はそのままいなくなったものとして認識されて、いじめの主犯だった私たちは、針の筵の上で何事もなく地獄のような学校を卒業した。
最悪の日々だった。もう、彼女のように飛び下りた方が楽なんじゃないかとすら思った。
けれど、結局、私は飛び下りることもせず、ただただ自分の罪を後悔し、断罪を怖れながら日々を過ごした。
いじめていた頃のことを後悔していた。飛び下りた彼女に申し訳ないとも思っていた。
けれど、それでも未来は来てしまうのだと、今になって私はようやく知ったのだ。
恋人もできて、友人も何人かいる。それなりにやりがいのある仕事にもつけて、あと少しで私は今の恋人と結婚することになっている。それなりに、幸せな人生。
私に幸せになる資格なんてないのだと悩んだこともあった。けれど、そもそも幸せになるのに資格なんていらないのだ。
彼女は自ら飛び下りた。その選択をしたのは彼女自身だ。そして、その選択は、私が言うものではないのかもしれないけれど、良いものではない。
学校なんてあくまでも長い一生のうちのたった三年間でしかない。その時期がいくら辛くても、いずれは終わるのだ。
未来にはあらゆる可能性がある。もっとどん底まで落ちる可能性だってあるけれど、幸せになれる可能性もある。
彼女がしたことはそんな未来を丸ごと放り捨てることだった。彼女が落としたのは命じゃない。自分の未来を落としたのだ。
今が辛いなら、未来のことを考えればいい。それもうんと楽しい未来を。それは実現するとも限らないけれど、するかもしれないだけ十分じゃないか。
ミッションは少女救出!
その日、ぼくは平日だというのに大学にもいかず、アパートの畳の上で寝そべって読書に勤しんでいた。
読書というのは基本的に暇つぶしか勉強のためにするもので、ドアがノックされページを操る手が止められたところで、ぼくには別段何の不都合もなかった。
来客は哀川さんだった。哀川潤――職業請負人、性別女性。髪型は、たしかこの前前髪をそろえていたはずだけれど、もう伸びてしまったのか、艶のある紅色が肩にまで届いている。
哀川さんはにこやかな笑顔をぼくに晒す。哀川さんのそんな表情は滅多に見られるものではないので、ぼくは一瞬、気を奪われた。
哀川さんはにこやかな笑顔のままでぼくの肩に手をやって、にこやかな笑顔のままでぼくを引き寄せ、にこやかな笑顔のままでスタンガンの先端をぼくの腹に食い込ませた。
どすん、と鈍い音が自分の鳩尾から響く。閉じる前の目に映った哀川さんは、全然にこやかじゃなかった。
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