殺人を容認できるか『クビシメロマンチスト』西尾維新


「君は、彼女と友達だろう?」

 

 

 私の問いに、彼は頷いた。その通り。彼と彼女は友達だった。まるで双子のように仲が良かった。付き合っていないのが不思議なくらいに。

 

 

「だったら、どうしてあんなことを?」

 

 

 私が理由を聞くと、彼は口角を上げて笑った。気味の悪い笑みだった。どこか壊れたような、歪なカタチ。

 

 

 もしも、私と彼との間にガラスがなければ、私は彼に呑み込まれていたかもしれない。そんなことすら思わせる笑みだった。

 

 

 ずっと知っていたはずの彼が、まるで知らない人間のように感じられる。いや、もしかすると、彼はずっと、そういう人間だったのかもしれない。

 

 

 私と彼は所詮、幼い頃から親しくしていただけの、ただの友達でしかない。知らない面なんて、いくらでもある。

 

 

 私と彼の間には壁があった。彼が逮捕されるよりもはるか前から。彼はずっと、私と彼女に壁の内側から話しかけていたのだ。

 

 

「友達だからって、それがどうして理由になるんだ?」

 

 

 むしろ、友達だからこそ、なんてことだってあるだろう。ただひとつ言えることは、俺は今でも本当に、あいつのことを大切な友達だと思っているってことだ。

 

 

 彼の服の襟口から、銀色の鎖が覗いている。私は服で隠れた胸元に、彼のイニシャルではないアルファベットが象られたネックレスがあることを見ずとも知っていた。

 

 

 それは三人で旅行に行ったときにみんなで買い合ったお揃いのネックレスだった。彼は彼女にあげて、彼女は私にくれて、私は彼に、それぞれ買ってあげた。

 

 

 だから、彼のネックレスには私のイニシャルが象られている。同じように、彼女のネックレスは彼の名が刻まれ、私のネックレスには彼女の息遣いが残っている。

 

 

 三人ともが肌身離さず身につけている宝物。傍目から見たらくだらないことかもしれないけれど、私たちはそれを本当に大切にしていた。

 

 

 鎖は俺たちの絆だ。二度と切れることはない。たとえどんなことがあっても、俺たちはずっと友達だ。

 

 

 そう言ったのは彼だった。私と彼女はにこにこと笑いながら頷いた。この友情は永遠だと信じて疑わなかった。

 

 

 しかし、まさか。

 

 

 彼女もまさか、そのイニシャルの相手にその固い絆に首を絞められるとは、思いにも寄らなかっただろう。

 

 

友だちって、なに?

 

 友達って、なんだろう。私と、彼と、彼女は紛れもなく友達だったわけだが、じゃあ友達とは何か、と問われると明確に答えることはできない。

 

 

 大切な人? 遊び相手? 話し相手? 便利な存在? そのどれもが、どことなくしっくりこない。

 

 

 恋人だったら、告白されて、頷くという始まりがはっきりと存在する。そうなって初めて、恋人になる。うんうん、わかりやすい。

 

 

 けれど、友達はそうじゃない。いつから、どのくらいから友達で、どうなったら友達じゃなくなるのか、なにもかもが曖昧だ。

 

 

「俺はあいつと友達でいたかった。だけど、あいつはそうじゃなかった。あいつは俺たちを裏切ったんだ」

 

 

 あの日、彼女は彼に告白した。彼らは付き合っていないのが不思議なくらいに仲が良くて、それも当然のことだった。

 

 

 彼女は彼のことがずっと好きで、とうとう告白に踏み切ったのだ。私は彼女からその相談を受けていた。

 

 

 それは彼にとって裏切りだった。彼女と恋人になるということは、彼女と友達ではなくなるということだった。それが、彼にとっては裏切りだったのだ。

 

 

「だから、俺はわからせてやったんだ。俺たちの絆は永遠だってな」

 

 

 私も、彼も、彼女も友達だ。今でもそれは変わらない。どうすれば、友情は終わりになるのか、それが私にはわからなかった。

 

 

 この首に巻き付いた絆はどうすれば断ち切れるのだろう。私たち三人の友情は、きっとこれからも続いていく、永遠に。

 

 

ひとつの世界が壊れる本格ミステリ

 

 京都市北区衣笠に位置する私立鹿鳴館大学には三つの食堂がある。ぼくはその日、一番繁盛していると言われる存神館地下食堂へと足を向けた。

 

 

 さて何を食べようか。一か月ほど前に美食尽くしの一週間を過ごしたこともあって、舌が肥えてしまっている。これをそろそろ解決しておきたかった。

 

 

 ぼくはどんぶりコーナーに移動して、キムチ丼の大盛りを、ごはん抜きで頼んだ。食堂はがらがらだった。ぼくは端の方の席を選ぶ。

 

 

 一口目。これは。結構、キツい。舌先どころか頭の中まで麻痺し始め、自分が一体誰だったのか、わからなくなってきた頃、ぼくの正面の椅子に、彼女は座った。

 

 

 ぼくは右、左と首を振ってみる。相変わらず、食堂はがらがらだった。にもかかわらず、どうして彼女はぼくの正面でカルボナーラを食べようとするのだろう。

 

 

 たぶん、彼女とは間違いなく初対面だろう。この大学と呼ばれる空間には妙に気さくな人間が数多く存在するのである。きっと彼女もその類いだろう。

 

 

 と、思ったのだが、どうやら、初対面ではなかったらしい。彼女はぼくのクラスメイトだった。

 

 

 何度となく顔を合わせているし、同じ班に属していたこともあり、ペアを組んだことまであるそうだ。

 

 

「じゃあ改めて自己紹介しちゃおっか。葵井巫女子、4649ヨロシクゥ!」

 

 

 痛い人間と関わってしまった。それがぼくの、葵井巫女子に対する第一印象だった。

 

 

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