ひきこもり少女ががんばらないラブコメ『ささみさん@がんばらない』日日日


 がんばらなくちゃ。私はいつもそう思っていた。その言葉通り、私はがんばった。そして、今。私は学校にも通わずに家にひきこもっている。

 

 

 今日は平日、らしい。それなのに、私は学校にも通わずにパジャマのままでずっとパソコンのディスプレイと向き合っている。

 

 

 特に何の感情も抱くこともなく、動画に批判コメントを叩きつけていく。心にもない苛烈な言葉を打ち込むのは、何のためというわけでもない。

 

 

 社会への不満か、ままならない現実への苛立ちか。最初はそうだったのかもしれないけれど、そんなのは、今はもう、混ざり合ってわからない。

 

 

 批判コメント職人にも飽きた私は、昔のアニメでも見ようかと考えた。どうせ、時間なんて有り余るほどあるのだ。

 

 

 適当に選んだアニメは、私が小説でも読んだことのある作品だった。『ささみさん@がんばらない』という。

 

 

 ひきこもりの少女、ささみさんが教師をしている兄の日常をパソコンで観察しながら、彼を取り巻く三姉妹との交流を眺めているお話。

 

 

 初めて見た時はちょっと風変わりなラブコメかなとか思っていたけれど、突然のファンタジーで驚いた覚えがある。

 

 

 日本神話を題材にしたファンタジー作品なんてあまり読んだことがなかったから新鮮だった。詳しくはないからよくわからなかったけれど。

 

 

 その主人公であるささみちゃんは等身大の悩み多き女の子って感じで、親近感が湧いたのをよく覚えている。

 

 

 あの頃は、まだ私も学校に通っていた。彼氏はいなかったけれど、友達がいて、それなりに楽しい日々を送っている普通の女子高生だったのだ。

 

 

 ひきこもりやニートに対しても辛らつな意見を抱いていて、友達とそんな話をしたこともあった。

 

 

 まさか、その数年後には自分がその立場になっているとは、その頃は夢にも思っていなかったけれど。

 

 

 見終わったアニメを閉じて、マウスを動かす。時間を潰す手段なんて、パソコンの中にはいくらでもある。

 

 

 みんなは今頃、じっと座って先生の話を聞いているんだろう。そして、彼らは卒業して、就職するなり大学に行くなりといった道を進むのだ。

 

 

 私はベッドに仰向けに倒れこんだ。天井をぼんやりと眺める。カーテンを閉め切った部屋は、少し薄暗かった。

 

 

 私の将来はどうなるのだろう。がんばることをやめて、こうして家に引きこもっている私の未来は、いったいどんなものになるのだろうか。

 

 

私はもう、がんばりたくない

 

 あの頃の私は、勉強も、運動も、友達付き合いも、とにかくがむしゃらにがんばっていた。

 

 

 まだ私が幼い頃、私が塾の先生に褒められると、母は頭を撫でて褒めてくれた。それがたまらなく嬉しかったのだ。

 

 

 でも、いつしか、先生も、母も、父も、私のことを褒めてくれなくなった。どんな点数を取っても、もっとがんばれと怒られるようになった。

 

 

 がんばっても、がんばっても、認められない。がんばった私が、みんなにとって当たり前だったのだ。それはもう、がんばったのだと思われなくなっていた。

 

 

 そうして無理にがんばった疲労は、気がつかないうちに、私を蝕んでいたのだろう。そして、それは最悪の形で表に溢れだした。

 

 

 その時、一番近くにいたのは、私が当時、仲が良かった友人だった。唯一、私が本来の自分を出せる親友だった。それなのに。

 

 

 彼女とはもう会えない。私はいろんなものを壊してしまった。今まで大切にしていた宝物を、徹底的に壊したのだ。

 

 

 私は逃げた。がんばることからも、大人たちからも、友達からも。逃げて、逃げて、自分の部屋に飛び込んで、私は今も逃げ続けている。

 

 

 誰もが私に失望の目を向ける。友達はいなくなってしまった。私の未来はあまりにも真っ暗で、まともな職に就くことすら難しいだろう。

 

 

 でも、私は後悔していなかった。たくさんの人に迷惑をかけてしまったけれど、あのままがんばっていたら、私はきっと壊れていただろう。

 

 

 誰から何と言われようと、私はもうがんばらない。自分自身の誇りをもって、私はダメ人間であり続ける。

 

 

 がんばることから逃げて、逃げて、逃げて。大切なことから目を背け続ける、それが私の求めている、理想の人生なのだ。

 

 

神様と過ごす非日常ラブコメディ

 

 日付は二月十四日。聖バレンタインデー。お兄ちゃんが呼んでいる。わたしはノートパソコンをぱたりと閉じて、ん、ん、とおおきく伸びをする。

 

 

 お兄ちゃんにサンドイッチを食べさせてもらって、職場である学校に行くお兄ちゃんを見送る。けれど、ふと思い出して、手を伸ばす。

 

 

 通販の箱をまさぐって、ビニールの梱包を引き裂くと、わたしは中身を取り出した。そっけない包み紙の、四角い、小さな箱。それを弁当だと言って渡す。

 

 

 お兄ちゃんを見送った私は、部屋に戻って『お兄ちゃん監視ツール』を装着する。これを使えば、お兄ちゃんの行動が手に取るようにわかるのだ。

 

 

「バレンタインというのは」

 

 

 バレンタインを知らないらしいお兄ちゃんに、三姉妹の次女、かがみが説明してくれる。頭に抱き着いてくる妹のたまのことは考えないことにしたらしい。

 

 

「世界各地のキリスト教圏で見受けられる祝日で、もともとはローマ神ユノの祝日だったと言われているのです」

 

 

 日本では好きな人に告白するような風習になってますね。かがみが渡していないと知って、ただひとりお兄ちゃんにチョコを渡した長女のつるぎは嬉しそうにしている。

 

 

 わたしは『お兄ちゃん監視ツール』を取り外し、伸びをする。我知らず、胸のつかえがとれたようなのが、ちょっと腹立たしい。

 

 

 お兄ちゃんはバレンタインのことを知らなかっただけ。だからわたしが今朝渡したお弁当の正体を想像もできなかった。

 

 

 お兄ちゃんはやっぱりわたしのことが世界で一番大好きで、お兄ちゃんだけがわたしを誰よりも優先して愛してくれる。

 

 

 わたしは身を起こすと、あらためてお兄ちゃんにチョコを買ってあげようと再びパソコンに向き直る。そして、わたしは愕然とした。

 

 

 少女漫画のどの作品にも記載されているチョコレートの文字。それらを追いかけているうちに、さらに常軌を逸していき、意味すら理解できないようになっていく。

 

 

 ぷつん、と画面が暗転した。何も表示されなくなる。電源は落ちていないようだが、ブラックアウトしたのだ。

 

 

 おぞましい寒気を覚えて、わたしは思わず仰け反った。同時にパソコン画面から黒々とした液体と固体の中間のようなものが迸って――わたしは押し潰されて、意識を失ってしまった。

 

 

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