家族は選べない。自分の家族が自分の望んだ家族とは限らない。だからこそ、私は家族のことが嫌いだった。
学生の頃の私はとにかく家に帰りたくなかった。だから、友達と遊んで、夜遅くになるまで時間をつぶしてからようやく家に帰っていた。
とはいっても、なにも父と母が毎夜喧嘩をしているだとか、浮気相手を家に連れ込んでるだとか、そんなことはなかったことは言っておかねばなるまい。
夫婦仲は良好で、むしろ仲が良すぎるくらいだ。そして、私のこともこれでもかというくらい愛してくれた。それくらいはわかる。
体罰を与えられたこともないし、むしろ甘やかされてすらいたと思う。彼らは親として、何ら不足なく私をここまで育て上げたのだ。
だから、彼らに咎があるわけではない。かといって、私に咎があるわけでもない。ただ、私と彼らの波長がズレていただけ、だと思っている。
もしも、他の人、たとえば、近所のおばさんなんか、が、私の家族を見たならば、さぞかし仲の良い理想的な家族のように見えているだろう。
当たり前だ。父も母も、そして私も、仲の良い家族に見えるように努めてきたのだ。笑顔の裏の違和感から目を反らしながら。
高校を卒業した後、私は家を出て、遠方に部屋を借りた。実家から簡単に行くことすらできないところに。
それ以来、実家には帰ってはいない。私としてはようやく、といったところであるけれど。
父からも母からも帰ってくるよう言われているが、私はいろんな用事をでっちあげて断ってきた。
家庭に問題があるわけでもなく、愛されているのに、どうしてそんなにも家族を嫌うのか。そう聞かれることがある。
私の答えはいつもこうだ。家族だからだ。家族だから大事にしなければならないというのなら、家族を理由に嫌いになってもいいじゃないか。
家族は選ぶことができない。好きでも嫌いでも、私たちは家族を大事にしろと言われ、愛することを強いられる。
家族は枷だ。恋人も、友人も、嫌いになったら別れることができるのに、家族だけは嫌いであってもどうにもならない。
私たちは家族愛という形のない檻に囚われている。どれほど遠くまで逃げたとしても、血縁という鎖からは逃れられないのだ。
家族って、なに?
「家族って、なんだろうね」
彼はにやにや笑いながらそう言った。最近知り合った友人だが、私が家族と距離を置いていることを知った彼が言ったのがその言葉であった。
「僕はどうしても気になることがあるんだ」
君の、家族との間に生じているズレ、について。そう指を差してくる彼に、私は何も答えない。
「本来、そんなのは生じない。少なくとも、夫婦円満で、子どもにも確かな愛情を持っている家庭なら」
なぜかというなら、家族は血縁でつながれているものだからだ。つまり、親と子は性格も性質も容姿も似るのだから、ズレなんて抱きようがない。似た歯車がかみ合わないはずはない。
「じゃあ、どうして君はズレてしまったのか。いつから君は、そのズレを知ってしまったのか」
彼の笑みを眺めながら、私はあの夜のことを思い出していた。父と母は私が寝ていると思ったのだろう。けれど、その時、私は起きていて、二人の話を聞いていた。
私は二人が引き取った孤児であり、二人のどちらとも血縁ではないのだという真実を。
「……寂しかったんだ」
彼らとは本当の家族ではない。その事実を知って以来、私は自分があまりにも不安定な存在だと感じるようになった。
彼らにとって自分は気まぐれで飼い始めた犬のような、ペットのようなもので、本当の我が子としての愛情ではないのではないか、と。
そんな疑いは次第に色濃くなり、私は彼らから逃げるようになった。愛を疑うことが怖かったのだ。
こんなに遠くに逃げてしまうと、私と家族とのつながりは、もう、何もないのだ。
「僕は君を知っているけれど、君の家族を知らないから何とも言えないけれどね、家族ってのはただ血縁でつながった相手というわけではないだろうに」
辞書なんて嘘ばっかりさ。いつだってね。
「家族になろうとすることは、本当の家族にはできないことだよ。君の家族は、たかが血のつながりがあるだけの家族に、劣るようなものだったのかな」
血縁なんて遺産をねだるだけのものだろう。そんなに重要なのかな。彼はそう言って首を傾げた。
「君は今、家族はいない。ひとり。天涯孤独だ。寂しいだろうね。だって、君は家族になることから逃げてきたんだもの」
向き合って想いの丈でもぶつけてみたら。それを受け止めるのが、家族じゃないの。彼はそう言って席を立った。
私はほうとため息を吐いた。知り合って日も浅いのに、よくも言いたい放題してくれたものだ。
私は鞄からスマートフォンを取り出す。長らく自分からは使っていない電話番号。
「うん、今度休み取れそう。だから、その日に、うん、じゃあ、また」
本当の家族になれるだろうか。いや、きっとなれるだろう。だって、私の過ごしてきた年月は、血縁よりもよほど硬い鎖なのだから。
大切なものをかけた鬼ごっこの開幕
「美少年こと萌太くん。お前の家系は鎌を持っていたはずだが、それにしちゃあお前は見たところ手ぶらじゃん。それって何で?」
哀川潤は不意に、とりたててこれといった前置きもなく――石凪萌太に向けて、そんな問いを投げかけた。
ワインレッドのスーツに身を包んだ長身赤毛の女性――哀川潤と、上下緑色のツナギに身を包んだ、涼しげな顔をした垂れ目の少年――石凪萌太。異色の取り合わせである。
「別に他人様に語って聞かせるようなことじゃないんですけれどね――ただの家庭の事情という奴ですし」
マイペースである以上に、まるで柳のような少年である。哀川潤にとって石凪萌太は、比較的鬼門の位置に近いタイプの性格であるともいえる。
敵か味方か。定まらない。判然としない。簡単に反転する。それでも二人でこうして移動している理由があるとすれば、彼が妹の味方であることだけは確かだからだろう。石凪萌太の妹、闇口崩子。
「崩子と一緒に実家を出る際、鎌は置いてきたんですよ。まあ、汚れた過去に対する僕なりのけじめといったところでしょうか」
楽しそうな表情。そんな表情を浮かべる時こそ、彼の心中が憂鬱に見ていることを知るのは、千本中立売にある、彼の暮らす骨董アパートの住人達くらいのものである。
「潤さん、お願いしたいことがあるんですが。仕事の依頼という奴です」
仕事の――依頼。その言葉に対し、哀川潤は、これまで語りながら進めていた歩みを、ぴたりと止めた。そして、石凪萌太の目を見る。睨むように、見る。
「僕と崩子の――共通の父親。三年前に彼は島に戻ってきたのです。彼が家に戻ってきたことこそが――僕と崩子の、家出の直接的なきっかけなんですよ」
名前は、六何我樹丸。石凪萌太は口にした。誰よりも忌むべき――その男の名を。
哀川潤が六何我樹丸の存在を初めて認識したのは、このときのことだった。生涯無敗の男である。少なくとも、この時点においては。
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