どうしてだか、今日は無性に赤色が目についた。いや、あるいは今日だからこそ、だろうか。
いつもなら、日常の中でそう目立つことのない赤色が、今日だけは視線の中でちらつくのである。
ドアにかけられているヒイラギの実。二色に巻かれたステッキ。道端で客寄せをしているサンタクロース。そして、店頭に並んだポインセチア。
ああ、そういえば、彼は赤色が好きだったっけ。私はふと、思い出す。
どうしてそんなに目立つ色が好きなんだろう、と、目立つのが嫌いな私は思ったものだ。
「だって、赤色って目につくだろう。だったら、俺とお前がはぐれても、また見つけることができるだろ」
なんて言う彼の言葉に、当時は若かった私は不覚にも赤面させられて、いっそ私の方が赤くなってしまったものである。
けれど、去年のクリスマスにそんな会話を交わしていた私たちは、今年の夏頃に決定的な喧嘩をして、別れることになった。
別れる間際には去年のあの頃が嘘のように険悪になっていた私たちは、きっともう、人混みではぐれても赤色だけは探そうとしないだろう。
店頭にポインセチアが並び始めると、否が応にもクリスマスが近づいていることを思い知らされる。
彼と別れてから経った月日を思い知らされるのだ。赤色が嫌いだったはずなのに、いや、嫌いだったし、嫌いだからこそ、こんなにも赤色が目につく。
視界から追い出そうとしても、追い出そうとしても、ポインセチアは私を追いかけてくるのだ。彼の幻をともなって。
視線逸らしても逸らしてもポインセチア。クリスマスというものはこれだから、なんとも性質が悪い。
いっそ新しい彼氏でもできればとも思うのだけれど、今もまだ彼よりもいいなと思える人には出会えていない。
きっと、私は彼のことを忘れることができていないのだろう。彼との幸せだった思い出が、街中のそこらじゅうに宝石みたいに散らばっていた。
ポインセチアは私にとって、彼との幸せな思い出そのものだ。私は彼を失ってしまったというのに、見つけるのはこんなにも簡単だ。
赤と白の織りなす聖夜
今ではもう名前すら思い出せない一冊の本。というのも、私は句集よりも小説を好んでいたから、句集の中でも読んだのはその一冊きりだった。
だからこそ、名前は残っていなくとも、中身は、今でも不意に頭の中に浮かんでくることがある。
きっと俳句というのは元来がそういうものなのだろう。小説のような技術や理屈ではない、感覚の世界なのだ。
光景を見た時に、ふと思い浮かぶ言葉。それをつなぎ合わせたものが、俳句というものになるのだろうと思う。
往来を歩いていく恋人たち。笑い声を響かせるサンタクロース。店内から香るケーキの甘いクリーム。重たい色に沈んだ空を隠す煌びやかなイルミネーション。
なるほど、たしかに絵にはなりそうな光景である。恋人が現在いない私からしてみれば目に毒ではあるけれど。
けれど、きっとこの胸の苦しみさえも、小説家や、詩人や、俳人や、音楽家みたいな人たちにとっては作品を生み出す情景でしかないのだろう。
歩いていると、幸せそうに笑いながら歩く恋人たちとすれ違う。去年までの私はその中のひとりで、きっとその時の私は今の私のような別れた女ともすれ違っていたのだろう。
去年までの私はあっち側で、今はこっち側だった。今は幸せそうに笑う彼ら彼女らも来年には別れているのかもしれないし、今は独り身の人たちが来年は笑っているかもしれない。
結局、人と人との関係なんてそんなものだろう。永遠に一緒だとか、ずっと愛しているとか言っていても、そんなのは口先以上のものにはならない。
私たちの永遠はとても短かった。一年にすらも満たなかった。けれど、きっとそれは珍しくもなんともないのだろう。
去年のクリスマスは世界で一番幸せだと思っていたし、別れた時は世界で一番不幸だと思っていたけれど、同じことを何万人もの人が思っているのだろう。
白い服の、華奢な女性とすれ違う。彼女は幸せそうに笑っていた。さりげなくすれ違って、ふと、顔を上げる。
彼女の隣りに立つ赤い服を着た背の高い男と目が合った。気のせいかもしれない。
私たちの視線はすぐに互いから離れ、言葉も交わすことなく、すれ違っていった。結局、私たちの永遠はその程度でしかないのだ。
不意に冷たい感触が鼻の上に落ちる。空を見上げると、ちらちらと雪が降ってきていた。
ヨーグルトみたいな一日聖夜かな。ふと、思い浮かんだ言葉を紡いでみる。その言葉は、まるで結晶のように夜に溶けていった。
直感的な映像の世界
紙風船ほどの持病と付き合えり。
春の蚊とエレベーターの昼下がり。
ティッシュペーパーの手軽さでする更衣。
免許証提示されてより積乱雲。
ミニトマト次女は奔放すぎるから。
初雪のあこがれ集うグラタン皿。
書きかけの童話の上の入道雲。
刃物収めて朝顔になってゆく。
視線逸らしても逸らしてもポインセチア。
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ヨーグルトみたいな一日聖夜かな。
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