幼い頃、私はひとりの女性と仲良くしておりました。彼女とよく背比べなどをして競っていたものです。
「将来は結婚しようね」
「うん」
私たちは互いにそんなことを言い合ってくすくすと笑っていたものです。
周りの大人たちは私たちのそんな幼い約束事を子ども特有のごっこ遊びか、それとも大人になれば反故になるものと思っていたのでしょう。
しかし、私たちは誓って本気だったのです。私たちだけは互いにそれを承知しておりました。
やがて、時が経ち、成長した私たちは同じ学び舎に通う学生になりました。しかし、時は私たちの関係を変えてしまったのです。
気持ちには変わりはありません。私は彼女を好きでしたし、彼女もまた、そうだったのでしょう。
しかし、友人たちの冷やかしに晒されると、私たちはどうにも気恥ずかしくなって、自然と話せなくなるのです。
そうしているうちに、私たちの間の距離はいつしか遠くなってしまいました。もう昔のように背比べなどはできないでしょう。
ああ、あの頃は良かった。何物にも邪魔されることなく彼女と語り合うことができたのに。
そうは思っても、私も彼女も目を合わさない日が過ぎていきました。互いに互いの友人とともに学校生活を送っていたのです。
彼女に転校の話が出たのはそんな折のことでした。彼女と交流を意図的に断っていた私がその事実を知ったのは、彼女が転校する寸前のことだったのです。
彼女の家を訪れたのも幼い頃以来のことです。彼女は引っ越しのトラックに乗るところでした。彼女は私に気がつきます。
私は彼女に何かを言おうとしました。しかし、開いた口からは言葉が何も出てきません。彼女もまた、何かを言おうとしては、また閉ざしていました。
私たちはしばらく黙って見つめ合い、やがて、彼女はとうとう人に呼ばれてしまいました。
救われたように小走りで去っていく彼女の背中を、私はただ黙って見つめておりました。
そうして、私たちは別れたのでございます。
再会、惹かれ合い
私と彼女が再び出会ったのはかつての同輩たちが集う同窓会でありました。参加したその会合に彼女もいたのでございます。
久しぶりに会う彼女はかつてよりもさらに美しくなっておりました。青系統の落ち着いた色合いの服がよく似合っております。
目を合わせた時、互いにどこか気まずそうに言葉に詰まったことを覚えています。再会を焦がれていたはずなのに、早くこの場を離れたい気持ちでした。
「……久しぶり、だね」
「うん」
私たちの数十年ぶりの会話はそんなたどたどしい雰囲気から始まりました。周りの喧騒が遠くなっていきます。まるで世界に私たち二人しかいないような心持でした。
ふと、彼女の薬指に指輪がはめられていることに気がつきます。高価な宝石こそついていないシンプルなものですが、美しい銀色に輝いておりました。
彼女は私の視線に気がついたのか、指輪を隠すようにもう片手でそっと触れます。長い睫毛が彼女の瞳を隠しました。
「結婚したの、私」
「……そう、か」
その言葉は私の心の中に静かに落ちました。もっと荒ぶるだろうと思っていたのに、予想よりも心は凪いでいました。
まるで心の中に深い虚無があり、その奥底に言葉が落ちていくような、そんな感覚だったのです。
「……今は、幸せ?」
「……ええ」
私の問いに、彼女は視線を少し伏せて頷きました。少し赤らんだ頬と口元に薄く浮かんだ微笑みが、彼女の幸せを物語っているように見えました。
私は彼女に良かったと言って、笑いかけました。その胸中では、かつて、彼女が転校する日の情景が浮かんできます。
あの時、彼女に何かを言っていれば、私たちの未来は変わっていたのでしょうか。その答えは、胸に開いた穴の中に虚しく響いて消えていきました。
平安時代の美男が綴る多くの女性との恋物語
昔、元服した男は奈良の春日に所領があったので、そこに鷹を狩りに出かけることにした。
その里にはとても美しい姉妹が住んでいた。男はその姿をひそかにのぞき見てしまったのである。
寂れた旧都には不釣り合いなほどの美しさに魅了されて、男はすっかり彼女らに夢中になった。
男は着ていたしのぶ摺りの狩衣の裾を切って、歌を書いて送った。
かすがのの わかむらさきの すりごろも しのぶのみだれ かぎりしられず
(春日野の若紫のようなあなたがたの姿に、この狩衣の模様通り、私の心は千々に乱れています)
と、大人ぶって詠んだ歌である。昔の人はこのような実に典雅なふるまいを自然にしていたのであった。
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