おとぎ話の本当の姿『本当は恐い! 世界名作童話』深層心理研究会


 悲鳴。恐慌。あまりの痛みに泣き叫ぶ姉に駆け寄る継母の顔は真っ青になっていた。ああ、駄目、駄目よ、私。そんなに口角を上げたら、気づかれちゃうわ。

 

 

 父を亡くしてからずっと、継母と二人の姉にはいじめられてきた。地獄の日々だったわ。

 

 

 そんな時はいつも、堅くて冷たい床に寝ころがって、涙を呑んだまま、お父様が読んでくれたおとぎ話を思い出すの。

 

 

 あれは、そう、たしか、『シンデレラ』とか言ったっけ。いじめられていた女の子が王子様に見初められて、幸せになる話。

 

 

「いいこと、十二時の鐘が鳴る前に帰ること。さもないと、あなたにかけた魔法が解けてしまいますからね」

 

 

 舞踏会での幸せな時間。美しいお姫様になったシンデレラと王子様は、ひと目で惹かれ合った。けれど、そんな幸せな時間の終わりを告げる鐘の音。

 

 

 シンデレラというお姫様は忽然と姿を消して、後に残ったのは、彼女が履いていたきれいなガラスの靴だけ。

 

 

 国中を探し回って、王子様はある一軒の家で、ようやく見つけ出すことができたの。

 

 

 灰にまみれた、みすぼらしい女の子。でも、彼女の小さな足は、ガラスの靴にすっぽりとはまった。彼女こそが、王子様が探し求めた運命の相手だった。

 

 

 シンデレラと王子様は結ばれて、幸せな日々を過ごしましたとさ。めでたし、めでたし。

 

 

 幼い頃の私は、お父様が優しく綴るその物語の虜だったわ。でも、今は、そんな優しい世界だけじゃあ、物足りない。

 

 

 きれいな世界に隠された、もうひとつの『シンデレラ』。そっちの方が、ずっと私の好みよ。

 

 

 父の書斎を掃除していた時に、偶然見つけた一冊の本。『本当は恐い! 世界名作童話』。それは奥の奥に隠されていて、ちょっとドキドキしちゃったけれど。

 

 

 赤ずきん、ジャックと豆の木、白雪姫。どれも子どもの頃に一度は聞いたことがあるような、おとぎ話。

 

 

 けれど、その本に書かれている物語は、私の知っているそれよりも、ずっと生々しくて、残酷で、官能的だった。

 

 

 その中に、私が大好きだった『シンデレラ』もあったわ。思い出の中の、父の優しい眼差しとは似ても似つかない、思わずぞっとするような物語。

 

 

 小さなガラスの靴。履けたら、王子様と結婚できる。欲にまみれた継母は、姉に言ったのよ、ガラスの靴が履けるように、足を削ぎ落しなさいって。

 

 

 赤く染まったガラスの靴を見て、王子様は彼女たちの嘘に気が付く。叫ぶほどの痛みに耐えた彼女たちは、とうとう王子様に見初められることはなかった。

 

 

 王子様と結婚することになったシンデレラ。二人の姉は王女となるシンデレラの権力のおこぼれに与かるために、二人のそばを片時も離れなかった。

 

 

 誓いの言葉も一緒になって頷いて、なりふり構わず欲望を露わにしていた。だからこそ、彼女たちには罰が与えられたのよ。

 

 

 カラスが飛んできて、二人の目を突く。強欲な姉たちは権力にあやかろうとして、とうとう視界すらも失ってしまったわ。

 

 

 シンデレラは幸せに暮らしましたとさ、めでたし、めでたし。彼女の幸せは、本当に王子様だけだったのかしら。

 

 

 かつて、自分をいじめていた家族。彼女たちが身を傷つけ、そしてとうとう光すらも失ったことを、冷徹な目で眺めていたシンデレラ。

 

 

 彼女のことを「ひどい」と詰る人だっているでしょう。でも、私はむしろ、それこそが本当に幸せなんだと思うのよ。

 

 

 だって、素敵じゃないかしら。自分は権力もお金も素敵な旦那様も手に入れて、自分をいじめていた姉は何もかもを失った。

 

 

 ああ、その光景を見た時のシンデレラは、いったいどれほどの愉悦を味わったのかしらね。

 

 

 優しくてきれいなおとぎ話の、本当の姿。でも、私はそこに描かれた人たちこそが、本当の人間だと思うのよ。

 

 

 きれいなだけのお姫様なんているわけがないわ。彼女たちだって憎みもするし、嘲笑いもする。嫌いな人の不幸を喜ぶ。

 

 

 お父様。素敵な物語をありがとう。おかげで私は、幸せになれたわ。赤い花嫁衣裳というのも、たまにはいいじゃない、ねえ?

 

 

おとぎ話に見る人間の心理

 

 世界中に伝えられている昔話や童話、おとぎ話には、驚くほど類似性を発見することができる。

 

 

 たとえば、継子いじめの話である。日頃からいじめにあっていた継子は、結末では幸福を得ることになり、逆に継母やその実子は、手痛い報いを受けるというのが代表的なストーリーだ。

 

 

 こうした物語は、洋の東西を問わず共通してあげられるものであり、古い時代から、継子いじめに対する人々の関心がいかに深いかがわかるだろう。

 

 

 そして、最近になって大きくクローズアップされてきたのが、多くの昔話や童話に共通してみられる「恐怖」や「残酷」、「性愛」といったテーマである。

 

 

 実は、私たちが親しんできた童話には、残酷なテーマが内在している。事実、『シンデレラ』『赤ずきん』など、世界的に有名なおとぎ話も、そのオリジナル版は相当に恐ろしい物語だった。

 

 

 しかし、時が経つにつれ、過激なテーマは削ぎ落され、異なる姿へと変わっていく。そうやって、読後感のよい、やさしいストーリーとして今日の姿となった。これこそが、真実なのである。

 

 

 本書では、長く伝えられてきた昔話や童話の中から、そうしたテーマ性のあるものを選りすぐり、その中にひそんでいる原作本来のニュアンスの復元や、意外な事情の描写を試みた。

 

 

 昔話や童話は「人間ドラマの縮図」「人生の真相」とも言われている。物語の世界を楽しみながら、その裏の人間ドラマを読み取っていただければ幸いである。

 

 

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