昔ばなしとミステリ『むかしむかしあるところに、死体がありました。』青柳碧人


 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがおりました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。

 

 

 おじいさんが山で芝刈りをしていると、ふと、一冊の本が落ちているのを見つけました。

 

 

 拾い上げてみると、『むかしむかしあるところに、死体がありました』と書かれています。

 

 

「なんじゃこれは。穏やかじゃないのう」

 

 

 そう言いつつも内容が気になったおじいさんは、その場でページをめくって読んでみることにしました。

 

 

 どうやらその本には、物語が書かれているようでした。いくつかの掌編が、一冊にまとめられているようです。

 

 

 それは多種多様。たとえば、一寸ばかりの小さい人が鬼を退治し、姫様と夫婦になる話。

 

 

 たとえば、いじめられていた亀を助けた男が、亀の背中に乗って海の底にある竜宮城に行く話。

 

 

 たとえば、罠にかかっていたところを助けてもらった鶴が、その人にお礼に機を織る話。

 

 

 それらはみんなどこかで聞いたような、聞き慣れたようなお話です。でも、おじいさんは首を傾げました。

 

 

 なぜなら、そのお話はどれも、おじいさんの知っている話とよく似ているのに、どこか違っていたからでした。

 

 

 めでたし、めでたし。そんな言葉で終わりません。むしろ、終わってからが本当の始まりだと言ってもいいかもしれません。

 

 

 昔話の世界にだって、事件は起こります。竜宮城でも、鬼ヶ島でも、人間の欲望がある限り、事件は起こるのです。

 

 

 いつの間にか、おじいさんは芝刈りもそっちのけで、冷たい石を腰かけにして、夢中になって本を読んでいました。

 

 

 親からよく聞かされていた昔ばなしが、ミステリと合わさっているというのが新鮮だったのです。

 

 

 それに、その昔ばなしの特徴を上手く事件のトリックに取り入れてくるから、読んでいて飽きないのでした。

 

 

 気が付けば空は赤みを帯びて、カラスが鳴く声が聞こえます。いつの間にか夕方になっていたのです。

 

 

「おお、こりゃいかん。早く家に帰らんと。婆さんが心配するわい」

 

 

 おじいさんは、ついでにその本も持ち帰ることにしました。おばあさんにも読ませてあげようと思ってのことでしたが、それ以上におじいさんもまだ途中だったからです。

 

 

 おじいさんは山を下り、家に帰りました。背中に背負っている籠の中には、芝の代わりに拾った本が入っています。

 

 

「婆さんや、今戻ったぞ」

 

 

 おじいさんは扉を開け、そしてぎょっとしました。見慣れた小屋の中に、身の毛もよだつような臭気があったのです。

 

 

 床が真っ赤に染まっていました。机の上には真っ二つに割れている大きな桃。そして、その傍らに青ざめた顔をしたおばあさんが立っていました。彼女の手には包丁が握られています。

 

 

「ば、ばあさん……」

 

 

 おじいさんが震える声で呼びかけると、おばあさんがびくっと肩を揺らして、ゆっくりと視線を、おじいさんに合わせました。

 

 

 むかしむかしあるところに、死体がありました。それは今、まさにおじいさんの目の前に。

 

 

昔ばなし×ミステリ

 

 鬼が現れたのは、春姫様が存生祀りの参詣から帰る途中のことでした。

 

 

「藤の香りに誘われて出てみれば、これはなんと美味そうな女子じゃ。どれ、おいらは頭からかぶりついてやろう」

 

 

 鬼は口をにんまりと開き、真っ赤な腕を姫に伸ばしてきました。春姫様の懐から、あやつが飛び出したのは、そのときだった。

 

 

「おい、鬼よ! この一寸法師が相手じゃ」

 

 

 それは、五日前からお屋敷に仕え始めた男でした。身の丈が一寸と少々しかないので一寸法師と名乗っているのです。

 

 

「おお。なんだお前は。ずいぶん小さいのう」

 

 

 鬼は楽しそうに笑い、身をかがめると、一寸法師の襟首をひょいとつまみあげ、一寸法師を口の中に放り込み、ごっくんと飲んでしまいました。

 

 

「腹の足しにもならんやつじゃ! 次に食われたいやつは誰じゃ?」

 

 

 と、鬼が私に手を伸ばしてきたそのときでした。

 

 

「いたたたた!」

 

 

 突然、鬼が腹を押さえてうずくまったのです。なんだなんだと見ていると、一寸法師の声が聞こえてきました。

 

 

「おい、鬼よ。私は今、お前の腹の中に針の刀を突き立てているのだ。えい」

 

 

「あいたたた。やめてくれ、やめてくれ。わかった。おいらのこの世に二つとない、打ち出の小槌をやろう」

 

 

「よかろう」

 

 

 お屋敷では、右大臣殿が春姫様の帰りを今か今かと待ち構えていました。

 

 

「心配しておったぞ、どこで道草を食っておったのじゃ」

 

 

 春姫様は右大臣殿に一部始終を語りました。右大臣殿は小さな男を見据え、「よくやった!」と叫びました。

 

 

「一寸法師よ、そなたは勇敢なる男ぞ。姫を助けた褒美に、なんでも好きなものをとらせよう。申してみよ」

 

 

「では、春姫様をいただきたく存じます」

 

 

「気に入った。そなたのような男になら娘をやってもよかろう」

 

 

 二日後の、九月九日。婚姻の儀式はすでに終わり、宴が始まっていました。検非違使の手先と名乗る男がやってきたのは、未一刻になろうかという頃でした。

 

 

「黒三日月と申します。上栗村で、存生祀りに殺しがあったという報せがありました。被害者は冬吉なる男」

 

 

 黒三日月は首を回すような仕草をしたかと思うと、真剣な表情で私の顔を見つめました。

 

 

「実は亡くなった冬吉なのですが、九月一日の夜に人を家に泊めているのです。小さな人を掬い上げ、それを冬吉が手のひらに乗せて、家に連れ帰っているのですよ」

 

 

 二日前の夜、冬吉の家の戸は内側からつっかえ棒がしてあったのです。つっかえ棒は少しだけ短く、戸は少しだけ開いていたというのです。ちょうど一寸ほどの隙間だということで。

 

 

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