中間層が喰われる『国家・企業・通貨』岩村充


 企業に対して疑問を抱き始めたのは、まさに自分自身がその企業に所属する従業員として就職してからのことだった。

 

 

 これまで自分自身もよく使ってきた企業を、今度は内側から見つめる。外から見るのと内から見るのでは、まったく違った景色になるのだと気が付いた。

 

 

「これ、『資格のある方が担当しています』って書いてますけど、私、資格持ってないですよね。私がしていいんですか?」

 

 

「いいんだよ。資格を持っている人がひとりいれば大丈夫」

 

 

 そう聞かされた時、私は一抹の疑問を持った。お客様は資格を持っている人が担当しているのだという信頼を持っているのだろう。だが、実際には入社して間もない、資格もないド素人が担当している。

 

 

 これはいわば、お客様を騙していることになるのではないか。勤めながらも感じた疑問は、次第に私の心に企業そのものへの疑心となって根付いていく。

 

 

 「人手不足だから仕方がない」と、上司は言った。けれど、それはあくまでも企業側の問題でしかないわけで。そのしわ寄せをお客様が受けるのは、どこかおかしいのではないか。

 

 

 そして、私が何よりも不信感を持ったのは、そういった行為は企業の間では平然と行われている当然の行いのひとつでしかない、という事実を認識した時だ。

 

 

 「お客様は神様です」なんて言われるけれど、企業はむしろ、言葉では敬いつつも、彼らを侮り、騙している。

 

 

 そして、私が知って衝撃を受けたこの事実は、多くの人にとっては特に疑問を抱く必要もないような、当たり前のことなのだろう。

 

 

 そんな思いを抱くようになったものだから、仕事にも身が入らないようになっていく。ミスが増え、上司に怒られることも増えた。

 

 

 企業に対して抱いた疑心は、次第に広がり、いつしか、社会への不信へと姿を変えていた。

 

 

 空いた休みの日、ふらりと立ち寄った図書館で私が借りたのは、岩村充先生の『国家・企業・通貨』という本だ。

 

 

 国家に所属する企業、そしてその間を血管のように巡る通貨。多くの人は、そういった見方で社会を見るだろう。

 

 

 しかし、その本は国家と企業、通貨を等距離に扱うことでそれらの問題を見通すという趣旨のものだった。

 

 

 著者がもっとも憂慮しているのは、中間層への負担が増大することだという。

 

 

 金融緩和政策をはじめとする政策は、労働に課税し、資本に関しては免税されるシステムになっている。

 

 

 それによって経済格差はさらに増大していく、とのことだ。特に、国家を支える負担の多くは逃げることのできない中間層にかかっているのだという。

 

 

 給与明細を改めて見た時、引かれている税金の額には驚愕したものだ。いつしかその驚愕は薄れてきたけれど、その本を読んで、久しぶりに私はその感覚を思い出した。

 

 

 国家や企業は、社会に対して強い力を持つ。そんな中で、では、ひとりひとりの個人はどこにいるのだろうか。

 

 

 今や、一部の大きな力を持つ企業は、かつての国家と同じことをしているのだという。

 

 

 ネットの普及によって企業はより効率よく人々の心を動かすことができるようになった。多くの人々は、企業の言葉のままに疑いなく動かされる。

 

 

 国家にとっての、企業にとっての「人」は、いったいどれほど重要なものだと見られているのか。

 

 

 利益の追求は企業の目的のひとつだ。企業は利益によって生きている。だが、あまりにも利益を見るあまり、本質を見誤っているような気がしてならない。

 

 

 利益は「人」が企業に与えてくれる。企業は国のためでも社会のためでもなく、そのサービスを求める「人」のためにできたもののはずだ。

 

 

 お客様に対して誠実であることを忘れたら、手痛い反撃を食らう。それは、企業が存在意義を忘れ、「国家」や「通貨」ばかりを見ているということの、当然の結末だろう。

 

 

 今、世界は感染症で揺らいでいる。多くの企業が苦境に喘いでいる。国家は対応に追われ、仕事を失い、給与を得られなくなった人々は貧困に苦しんでいる。

 

 

 感染症は、あくまでもきっかけに過ぎない。私には、それまでの歪みが一気に表面に出てきただけのように思えてならない。

 

 

国家と企業、通貨の関係性

 

 通貨の世界で起こっていることを、歴史を踏まえて大きな視点で書いてみないか、そういう提案をいただいたのは、もう十年ほども前のことでした。

 

 

 そうして本を作りながらも気になっていたのは、通貨に関する理論の世界に閉じて議論をすることの限界です。

 

 

 現代の社会を支える通貨について語る時、中央銀行に独占的な通貨発行を許す国家と、その通貨を使う企業、それらとの関係を無視して議論をすることはできません。

 

 

 国家と企業そして通貨の問題を等距離に扱うことにすれば、私たちが抱える問題を大きく見通す議論ができるのではないかと思うようになりました。

 

 

 そんな思いからまとめ直したのが、この『国家・企業・通貨』ということになります。

 

 

 私は、多くの先進とされる国々で進む「中間層」の崩壊を本気で心配しています。日本がひとつの自由な国家としてのまとまりを維持することができたのは、中間層が存在していたことが大きいと思います。

 

 

 しかし、世界の多くの国では今、中間層が細り分解し、社会の亀裂が深まりつつあります。

 

 

 この本は、国家と企業そして通貨を全体として眺めることで、その原因を明らかにすることに少しでも近づきたいと願いながら書いたものでもあります。

 

 

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