世界を震撼させたヴィラン『世界史を揺るがした悪党たち』桐生操


 善とは何か。悪とは何か。俺はずっと、そのことを考えていた。憎悪の顔で俺を見上げる民衆どもを見下ろして。

 

 

 『世界史を揺るがした悪党たち』という本を読んだことがある。当時の家庭教師が、この本に描かれている反面教師にするようにと言い含めて渡してきたものだ。

 

 

 世界の歴史の上には、時として伝説にもなるほどの悪人がいる。国を治めた皇帝や令嬢、権力を持たない一般人まで。

 

 

 人は彼らを「悪」というひとくくりにまとめ、歴史にかつて存在した忌まわしい記録として忌み嫌っている。

 

 

 そして、おそらく家庭教師は俺にもそうすることを望んだのだろう。しかし、俺にはどうしても彼らを嫌うことはできなかった。

 

 

 きれいになりたいがために、多くの若い娘の命を奪い、その血を浴びていたエリザベート・バートリ。

 

 

 かつては愛される王であったが、権力のもとに暴虐と享楽に耽る暴君として変貌してしまった皇帝カリギュラ。

 

 

 カリスマ的指導者としてドイツを導き、残酷な方法であまりにも多くのユダヤ人をガス室に閉じ込めたヒトラー。

 

 

 多くの人を手にかけ、人々を恐怖に貶めた彼らは、なるほど、現代の価値観からしてみれば、あるいは当時からしても、あまりにも残酷なのかもしれない。

 

 

 その本は、歴史に語られている彼らを私に教え、そして時として彼らに寄り添うことすらしていた。

 

 

 ドラキュラ公のように、時として彼らは怪物として扱われた。しかし、俺は彼らほど人間らしい人間はいないと思うのだ。

 

 

 エリザベートは美を求める女性としての欲望を。アグリッピナは権力を求めたがゆえに。

 

 

 かつて浮浪児だったヒトラーはユダヤ人にひどい目にあわされた。マリリン・モンローは女としての幸せを希求し続けた。

 

 

 彼らは人として当たり前の幸せを求めていただけだ。その悪徳の根幹には、あまりにも人間らしい理由がある。

 

 

 なるほど、彼らは責任ある立場の存在としては未熟だったかもしれない。しかし、人間であろうとした彼らを、どうして嫌うことができるだろうか。

 

 

 それは、俺もまた、彼らと同じ道を進んでいるからかもしれないが。つまりこれは、ただの傷の舐め合いなのかもしれない。

 

 

 彼らを悪へと走らせた欲望なんて、誰もが持っていることじゃないか。彼らが抱えた倒錯もまた、日常を生きている多くの人が持っている。

 

 

 彼らは決して悪人ではないし、怪物でも狂人でもない。むしろ、誰よりも人間らしい「普通の人間」だ。

 

 

 今ならば、俺は彼らに本当に寄り添うことができる。俺もまた歴史に悪名を残すであろうとわかっている、今ならば。

 

 

 社会はシステムだ。王もまた、その一部に過ぎない。システムは、人間ではなく、感情のない歯車でなければならないのだ。

 

 

 俺は、それが耐えられなかった。俺は人間だ! 人間なのだ! 贅沢を味わい、酒池肉林に溺れながら、俺はずっと心の中で叫んでいた。

 

 

 あるいは、それは病気で命を落としかけたカリギュラもまた、同じだったのかもしれない。

 

 

 「悪党」としてのレッテルを貼られた彼らは、あらゆる秘密を白日の下に晒され、人生の全てを分析されるに至った。

 

 

 彼らの心に抱えてきた倒錯も、彼らの行動も、そのすべてが「悪」のレッテルの中に集められていく。それは、なんともやりきれない光景に思えた。

 

 

 今まさに。俺の最期を願う民衆どもを見下ろした。彼らは石を投げ、怒号を叫び、俺を罵る。

 

 

 見よ、彼らは果たして善と呼べるだろうか。こんなにも荒々しく、命を奪うことを望む連中を。

 

 

 俺だけが「悪党」なのではない。人間はみな「悪党」なのだ。ただ、内包する「悪」を面に出した人間を、「異常」と称して「悪党」にしているだけなのだ。

 

 

 俺は、思わず笑った。その時が待ち遠しくて仕方がなかった。こんな奴等と同じ人間であることが、俺の思う何よりの恥だ。

 

 

世界の悪党

 

 かつてのヨーロッパでは、ごく少数の独裁者たちが富と権力をほしいままにして、無力の庶民を相手に好き勝手やっていたものだ。

 

 

 それに対して、毎日を食べていくだけが精いっぱいだった庶民たちは、単に少しばかりの金や食べ物が欲しいがために、やみにやまれず罪を犯したのである。

 

 

 ところが現代になって社会が急速に豊かになり、一般庶民が豊かな富を手にするようになると、かつての歴史上の暴君たちのような、理由なき犯罪が世にはびこるようになってきた。

 

 

 そういう意味でも、歴史上の悪女や悪党たちと、現代の犯罪者たちとの間には、きわめて深い因果関係があるということができる。

 

 

 人はどんな理由でも、罪を犯すことができる。一見、異常に見える欲望も、実はこれといって特殊なものではなく、誰もが心の奥に、ひそかに抱いている欲望に過ぎないのだ。

 

 

 どんな人間にでも、時には社会の制約からはみ出して、自らの中に潜んでいる危険な欲望を思いきり発散させてみたいと思う瞬間があるはずだ。

 

 

 そんな禁断の領域に足を踏み入れた男女の肖像を、本書ではあますところなく描いてみたつもりである。

 

 

 もしかしたら、彼らの異常な犯罪行為の中に、あなた自身の心の奥に潜んでいる”狂気”と、何か共通するものを感じるかもしれない。

 

 

 そもそも誰の心にも、いわゆる”悪”は存在している。それを、勇気をもって認めることができるかできないかだけの、違いに過ぎないのではないだろうか。

 

 

 本書を読んでいる間は、しばしあなたも退屈な現実を忘れて、絢爛豪華なロマンの世界に迷い込んだ旅人になってほしい。

 

 

 いつの間にか気づいた時は、あなたはもう、その世界から、抜け出せなくなっているかもしれない。

 

 

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