「かーごーめー、かーごーめー、かーごのなーかのとーりーはー」
円の形に並んで手をつないだ歌がくるくると回る。私はその中心で、しゃがみこんで、手のひらで目を覆い隠していた。
「いーつーいーつーでーやーるー」
何も見えない、真っ暗な闇。歌だけが、その中にこだましている。無数に重なり合った声が、私のがらんどうの胸の中で飛び跳ねて、ぶつかっているのを感じた。
「よーあーけーのーばーんーにー、つーるとかーめがすーべったー」
歌が遠くなっていって、代わりに喧騒が響いている。男の怒鳴り声。着物が床を引きずる音。優美な三味線の音色。
「うしろのしょうめん、だあれ?」
それはそれまでの歌とは違う、ひとりの女の人の声だった。静かで、どこか泣いているようにも聞こえた。
私は思わず手を外して振り向いた。そこには友だちは誰もいなくなっていた。私は知らないどこかの家の中にいて、知らない女の人が驚いたような顔で私を見ていた。
その人はとても色鮮やかできれいな着物を着ていた。近所の夏祭りの時に浴衣を着せてもらったことがあるけれど、そんなのは目じゃないくらいにきれい。私は思わず見惚れてしまった。
テレビでも見たことがないくらいきれいな人だった。その人は、時代劇の女の人がしているような髪形をしていた。でも、さっきの歌は。
「お姉さんも遊ぶ?」
「えっ?」
「歌ってたでしょ、さっき」
私が言うと、彼女は虚を突かれたように目を見開いて、居心地悪そうに目を反らした。
「あの歌は、なんでもないの。それより、あなた、誰の禿なの? 見かけたことないけど」
「かむろ?」
私が首を傾げると、彼女は「参ったわねぇ」と呟きながらため息を吐いた。まったく、番は何をしているんだか。
「ほら、なら出ていきな。ここは子どもが来るところじゃないよ。見つかったら、どやされるからね」
女の人は私に、しっ、しっ、と追い払うように手を払う。けれど、私はなぜか出ていきたくなかった。彼女は、とても哀しい表情をしていたから。私は彼女の着物の裾を掴む。
「ねえ、お姉さんも一緒に遊ぼうよ」
私の誘いに、彼女は言葉を失ったように私を見下ろした。けれどすぐに、目を伏せて俯く。
「できないわ。私はここから、出られないもの」
「どうして?」
「見張り番がいるもの。見つかったら、ひどい目に遭うわ」
「コッソリ行けば大丈夫だよ。だから、ほら、ね?」
私は手を差し出す。彼女は逡巡するように視線をさまよわせて、けれど、やがて、おそるおそる、まるで壊れものに触れるかのように、私の手をそっと握った。
彼女の手は震えていて、冷たかった。
「おい、答える前に目を開けるなよ」
私の前にいた男の子が、不機嫌そうに眉をひそめた。一緒に遊んでいた私のクラスメイトのひとりだ。
見渡すと、そこは見慣れたいつもの遊び場だった。そこにはみんないたけれど、彼女はいなかった。
代わりに私の手に握られていたのは、一冊の本だった。『案外、知らずに歌っていた童謡の謎』と書かれている。
しゃぼん玉。花いちもんめ。てるてるぼうず。いろんな童謡のタイトルがぱらぱらとめくられて、私はひとつの歌を見つけた。
かごめかごめ。その本によると、この歌にはいろいろな説があるみたいだけれど、その中のひとつに、籠から出られない遊女のことを歌った童謡という話があるそうだ。
それは歌というよりも、まるでひとつの物語だった。私たちが歌っている短いこの歌には、遊女の哀しい人生が綴られている。
私はその本に書かれているイラストを見つめた。手を伸ばしている着物の女の人。あの人、置いてきちゃったなあ。それだけが、私には寂しくて仕方がなかった。
彼女は、あの籠から出ていくことができたのかな。空を見上げた私の耳元で、彼女が美しい声で囁く。うしろのしょうめん、だあれ?
童謡の描く物語
小さい時から私は、歌うことがとても好きだった。しかしちょっと変わった子で、子どもたちが歌う童謡や唱歌より、流行の歌謡曲が好きだった。
17歳でフォーク歌手としてデビューしてからも、童謡との接点はなかった。私が童謡に目覚めたのは、つい最近になってからのことだ。
今年10歳と7歳になる娘たちが幼稚園や学校で教わった歌を歌い、CDやテープで繰り返し聞いていた。私もなんとはなしに耳にしていた。
なぜかとても胸に沁みた。そして、そこで歌われている真実はいったい何なのだろうと考え始めるようになっていた。
新聞社でされた質問をきっかけに、いろいろな童謡の歴史や意味の不明な点を調べ出した。そのうち、童謡のCDの監修や解説なども頼まれるようになって、この頃はちょっとした童謡通である。
ちっちゃな子どもはもちろん、幼き時分を思い出す大人たちの心の琴線をもかき鳴らす童謡たちの大きな存在に改めて親近感を覚えたのだ。
色々調べているうちに、何気なく歌い聞いている童謡、唱歌やわらべ歌には、その題名や詩の中に秘められたメッセージが存在していることを知った。
歌詞、シチュエーション、詩に託した思いを調べ、私なりの推測も含めて書いたのがこの本である。
さあ、あなたもいっしょに「童謡」に秘められた本当の意味や後ろに隠されていた話たちを紐解く旅に出てみよう。
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