儲けを生み出すアイデア工場『なぜ、この人は次々と「いいアイデア」が出せるのか』ロバート・サットン


その企業は、「いつまでも変わらない味」を謳っていた。作る商品は手作りをこだわり、ひとつひとつの工程を手作業でこなす。創業ウン十年も続いている老舗であった。

 

その味は多くの人に昔から愛されていた。その商品には機械によって生産された無機質な商品にはない温かみがあり、それはその企業にとっての誇りであった。

 

だが一方で、人集めには苦労していた。入社してきた新人は、数日足らずでほとんどが辞めていく。若手社員はほんの四、五人ばかりで、勤めている社員の多くが中年を超える年齢であった。

 

彼らを主導しているのは、会社を創業した社長の息子である。自らも社員として働く彼は、後方で指示だけするような男ではなく、自らも現場に立って身を粉にして働いていた。

 

いや、しかしそれは、身を粉にし過ぎている、のかもしれない。その会社には、タイムカードがなく、シフト制ではなかった。少人数で動かす会社だからこそ、誰か一人でも休めば影響が大きい。特に、指示を出す彼に休日などはなかった。

 

純朴で穏やかな彼の気性は、仕事場では変貌する。時間的体力的精神的な余裕のなさは、彼を狭量で、融通の利かない上司に変えた。

 

「これが、うちのやり方だから」それが彼の口癖だった。彼は自分の家業に誇りを持っていた。自分の上司であり父である社長に敬意を払い、長く会社を支えた社員を尊敬していた。

 

だが、だからこそ、新たなやり方を嫌っていた。若手社員の提言には耳を傾けず、経験を盲信していた。この社員は呆れ果て、職場を去ることになった。

 

機械を使用しない製造過程は社員の負担となり、彼らの肩に重くのしかかった。長く仕事を続けている年配の社員とは異なり、新しく入ってきた社員は閉塞的な雰囲気とその労働の負担に耐え切れなかった。

 

怒声と愚痴が飛び交う職場である。誰もが「良い職場」だと認識していなかった。ただ、やらねばならぬという思いから、毎日同じ作業を続けていた。

 

その仕事は、変わり映えしない。工場という場所にありがちな、反復作業の繰り返しである。そのうえ、少人数で動かすからこそ、ひとりひとりの作業はより複雑化していた。

 

彼らは新たな一歩を嫌い、その場所に留まり続けた。「変わらない」ことこそ価値として考え、イノベーションを怠った。

 

企業は変わらずとも、社会は変貌する。数年後、感染症が世間を塗り替えた。食品を扱っていたその企業は、大きな打撃を受けたのである。

 

一方、また別の企業がある。それはもっと規模が小さく、老舗というわけでもなかった。同じく食品を扱っているが、製造ではなく販売が主体である。

 

感染症の流行は彼らの取引先に大きな打撃を与えたが、彼ら自体の業績が大きく下がることはなかった。むしろ、その年はその企業にとって大きな飛躍の年になった。

 

その企業ではしばしば、社員同士の話し合いが行われていた。そこで提案された意見の多くは採用された。新たな商品、新たな事業を展開し、より枝葉を伸ばしていったのである。従来の仕事のやり方も、より効率的に改良を重ねられていった。

 

社員は生き生きとしていた。自分たちの仕事に誇りを持ち、「自分がその企業にできることは何か」ということを考え続けていた。

 

苦境に喘ぐ取引先に心を尽くし、時には利益よりも優先した。社員が増えていくにつれて良好な関係の取引先が増え、感染症の影響下にありながら成長を遂げるに至ったのである。

 

社会は常に変化し続ける。顧客にとっての「変わらないこと」は価値のひとつだが、一見変化がない老舗であっても、表に見えないところでは常に適応して変化し続ける努力は怠っていないものなのだ。

 

社会の変化に背を向けるのは、ただの怠惰である。企業が生き残るにはイノベーションが必要だ。だが、イノベーションを可能とするには、まず何よりも強固な土台を日常の中で築くことが必須なのである。

 

 

イノベーション

 

本書で紹介するアイデアは、あらゆる仕事に革新をもたらす「起爆剤」である。そして、あなたやあなたの会社の「定説」を根底からくつがえす強力な実践法だ。

 

しかし、イノベーションを打ち出したいのであれば、現在の仕事のやり方や考え方、ものの見方を改め、大胆な手法を取り入れて、実行しなければならないのはいうまでもない。

 

あなたが本書の手法を使って成功するためには、次の三つの基本原則のうち、少なくともひとつを実行することが絶対的な条件となる。

 

1.今ある知識の違う使い方を見つけ出す

2.古いものをまったく別の視点から見る

3.しがみついている過去と決別する

 

また、革新的な仕事には、多くの日常的な仕事が入り交じってくる。両者は表裏一体のものなのだ。したがって、この二つのタイプの仕事をうまく切り替える頭を持つことが、イノベーションへの扉を開くカギとなる。

 

日常業務と革新的業務の違いをひと言でいえば、「使い古されたアイデアの活用」か、「新しい可能性の探求」かの違いだという。

 

使い古されたアイデアの活用とは、「すぐ金になる仕事」をすることをいう。しかし、「将来的にも収益を上げていく」ためには、商品を開発し、テストして、新しい可能性を探求していかなければならない。

 

ここで私があなたにいいたいのは、革新的業務と日常業務のどちらを取ればいいのか、ということではない。前進するためにはどちらも必要なのだ。

 

本書は、革新的業務と日常業務の違いをより良く理解し、この二つのタイプの仕事をうまく切り替える「スイッチ」を持つことで、あらゆる人やチーム、企業、また、あらゆる仕事でイノベーションが実現可能となる理論と実践を提案していく。

 

 

関連

 

今までなかったものがブームになる『「ない仕事」の作り方』みうらじゅん

 

ゆるキャラ。マイブーム。一時、それらは一躍有名になった。だが、それらは「なかった」のだろうか。いや、それではない。ずっと存在していたが、目を向けられなかった。そこに目を向けることこそ、ない仕事を作る鍵となる。

 

流行を創りたい貴方様におすすめの作品でございます。

 

 

「ない仕事」の作り方 (文春文庫) [ みうらじゅん ]

価格:726円
(2021/7/5 00:18時点)
感想(2件)

 

「なぜ」「もしも」がアイデアを生み出す『10分あったら、どう考える?』野澤幸司

 

新たなアイデアは、10分あったら十分考えることができる。なぜ。もしも。そんな他愛のない想像こそが、アイデアの源泉となるのだ。考え続けることで、ふとしたスキマ時間に、思いもよらぬプレゼントを手に入れることができる。

 

良いアイデアが思い浮かばない貴方様におすすめの作品でございます。

 

 

10分あったら、どう考える? 「なぜ?」「もしも…」が生み出す究極のアイデア法 [ 野澤幸司 ]

価格:1,540円
(2021/7/5 00:21時点)
感想(0件)