理不尽に怒る妻の取扱説明書『妻のトリセツ』黒川伊保子


 別れましょう。妻の口からその言葉を聞いた瞬間、俺の時間は止まったような気がした。

 

 

 妻がいなくなり、ひとりになった部屋で、考え込む。しかし、どうすればいいか、皆目見当もつかなかった。

 

 

 妻はまだ出ていっていない。しかし、荷物はもうまとめていて、各所へも話はつけているのだという。彼女の目には、確固とした意思が見えた。

 

 

 思えば、結婚した時から大人しい妻であった。必要以上に口を開くことなく、ただ俺の身の回りのことをしてくれていた。

 

 

 彼女が、あんなにも強い意思を持っているということを、俺は知らなかった。いや、知ろうとしなかっただけなのだろう。思わず自嘲の笑みが零れる。

 

 

 何のことはない。今までの報いが返ってきただけだ。妻は俺に尽くしてくれたが、俺は彼女に何をしただろうか。

 

 

 いつの間にか、彼女から尽くしてもらえることが当たり前になっていた。俺は彼女に感謝すら言わず、それどころか不平不満だけはいつも口にしていた。

 

 

 結婚した当時は違った。俺は妻の料理が毎日食べられることに感謝を欠かさなかったし、二人でいつも笑っていた。

 

 

 大変な家事は二人でやった。そうすれば、いくら大変でも楽しかったのだ。いつしか、そんなこともしなくなった。

 

 

 ここ数年、俺は彼女の笑顔を見ていない。その事実に気付き、俺は愕然とした。そして、その事実に今の今まで気が付かなかったことに自分を責めた。

 

 

 俺は、今まで長い間連れ添ってくれた妻の、何を見てきたというのだろう。歯車がおかしくなったのは、子どもができてからのことだった。

 

 

 最初の頃は、子どもができたことを二人で喜んだ。しかし、次第に彼女は不安定になっていった。

 

 

 妊婦が精神的に不安定になるのは知識として知っていた。しかし、実際にそうなった彼女を見るまで、その認識は甘かったと思い知らされることになった。

 

 

 時期も悪かったのだろう。結婚当時、俺と彼女は共働きだった。しかし、彼女は妊娠を機に仕事に出られなくなった。

 

 

 妊娠による長期休暇は今でこそ理解が得られているとはいえ、それでも反感を覚える上司はいる。彼女の職場の上司はまさしくそんな人間だった。

 

 

 会社での彼女のポストは、知らぬ間に失われていた。そのことが妻を追い詰めたのだろう。妻の荒れた言動は一層ひどくなった。

 

 

 次第に、俺も耐えられなくなっていった。俺は妻との対話から目を反らして、仕事に逃げるようになった。

 

 

 俺と妻の間に決定的な亀裂が入ったのはこの頃だ。以来、俺も妻も、かつての仲のいい夫婦には戻れなくなったのだ。

 

 

 俺は家のことを妻に任せっきりにするようになり、妻は子育てと仕事と家事をしなければならなくなった。ひとつひとつでも大変なのに、俺はそこでも妻から視線を反らした。

 

 

 むしろ、今までよく離縁を言われなかったものだと思う。我ながら、ひどい夫だ。

 

 

 別れたくない。妻のことは愛している。そのことだけは、告白したあの頃から少しも色褪せていない。

 

 

 けれど、今さら、どう妻と接すればいいのか、俺にはわからなかった。もう一度チャンスがもらえたら。

 

 

 ふと、本棚を見た俺は、一冊の本に光明を見出した。この本さえあれば、俺はもう一度、妻とやり直せるのではないか。あの頃の、幸せな毎日を。

 

 

 それは黒川伊保子先生の『妻のトリセツ』という本だ。この本に、きっと答えは記されている。

 

 

妻の取扱説明書

 

 「妻が怖い」という夫が増えている。夫側から申し立てた離婚の動機として注目されているのが、妻からの精神的虐待。

 

 

 精神的虐待というと大げさな気がするが、いつもイライラしている、何をしても怒られる、無視する、人格を否定するような言葉をぶつけてくるといった妻の言動を指す。

 

 

 ほとんどの夫にはその”怒り”の本当の理由がわからないし、たとえ理由を聞き出すことに成功し、解決策を提案したところで、妻の機嫌がよくなることはない。

 

 

 それは、妻の望む夫の対応と夫が提案する解決策が根本からずれているからなのだ。

 

 

 そもそも妻の怒りの理由は、「今、目の前で起きたこと」だけではない。過去の関連記憶の総決算として起こるものなのである。

 

 

 それゆえ、夫にとっては「たったこれだけのこと」で、しかも10年も20年も前の出来事まで含めて、一気に何十発もの弾丸が飛んでくることになる。問題は夫が徐々に命を削られてしまうことだ。

 

 

 夫にとっては、甚だ危険で、理不尽な妻の怒りだが、実はこれ、絆を求める気持ちの強さゆえなのである。

 

 

 やがて、男への期待のありようを変えられた女性は自らの感情を駄々洩れしないようになるが、男に期待し続ける女性は、死ぬまでそれが続くことになる。

 

 

 「怒り」は「期待」の裏返し。夫一筋、家庭一筋の妻ほどこうなる傾向にある。

 

 

 これが、ほとんどの男性が知らない世にも怖ろしい、結婚の真実だ。どんな女性も多かれ少なかれ、「理不尽な不機嫌」の道に一度は足を踏み入れる。

 

 

 男にとって結婚の継続とは、女性の母性ゆえの攻撃から、いかに身を守るかの戦略に尽きる。ぼんやりしていたら、生き残れない。

 

 

 本書は、脳科学の立場から女性脳の仕組みを前提に妻の不機嫌や怒りの理由を解説し、夫側からの対策をまとめた、妻の取扱説明書である。

 

 

 「夫」という役割をどうこなすかはビジネス戦略なのだ。男にとって、人生最大のプロジェクトかもしれない。

 

 

 プロの夫業に徹することで、その結果、妻から放たれる弾を10発から5発に減らそうというのが、本書の目的である。

 

 

 結婚したばかり、もしくは妻が妊娠中の夫にぜひ読んでもらいたい。しかし、結婚20周年、30周年を迎える夫が読んでも有効である。

 

 

 世の夫にとって、家庭の居心地が少しでも良くなることを念じて。

 

 

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