白黒の人間が行き交う街中を、ひとつのレンズが覗いていた。その視線の先には、ひとりの、口髭を生やした男がいる。
誰も言葉ひとつ吐き出さない。いや、それどころか、彼らの歩く石畳は、アイ音ひとつ立てることはなかった。
当然だ。ここは音が失われた世界。色が失われた世界。スクリーンに映し出される、白黒の世界だ。
レンズはいつもひとりの男を指している。口髭をちょんと生やした男。どうやら、この世界の中心は彼であるらしい。
私の役割は、あくまで端役。いや、それにも満たないだろう。レンズが映す彼の背後を、英字新聞を開いたまま通り過ぎていく。それこそ私が世界から定められた役割だ。
思わず、彼に焦がれた視線を送ってしまう。私は、彼が羨ましくて仕方がなかった。
レンズの向こう側には、色に満ちて、音に溢れた世界が広がっている。幼い頃、父からそう聞かされて育った。
幼い私にとって、その世界は憧憬の地だった。果たして、あのレンズの中心に立てば、その世界が見えるのだろうか。
彼は、不思議な人だった。言葉はないはずなのに、彼の手や足の動きや、表情には明確な言葉があった。
彼の声なき叫びが、今にも聞こえるかのようだった。誰もが役割を演じながらも、彼の言葉に魅了されていることがわかる。
幼い頃、私は上手く人に言葉を伝えることができなかった。隠したい本心ばかりが伝わってしまい、私が本当に伝えたいことはさっぱりだった。
父は言葉を読み取るのが上手かった。私の嘘はいつだってすぐに露見した。幼い私は真剣に悩んでいたのだ。
そんな私に父は一冊の本をくれた。『本音は顔に書いてある』という。そのタイトルを見た時、私は思わず自分の顔を拭った。それを見て、父は笑った。
ボディランゲージ。それは、私たちの扱う言葉の正体そのものだった。そして、それはまた、私たちの心そのものでもあった。
手。足。目。鼻。口。さまざまなものが私の言葉を伝えてくれる。相手の言葉も。伝えたいか、伝えたくないかは問わず。
本音は顔に書いてある。まさしくその通りなのだ。あの口髭の男のように、言葉なんてなくてもボディランゲージは雄弁に意思を伝えてくれる。
レンズから外れた場所で、私はその本を開いた。子どもの頃にもらったそれは、擦り切れてくたびれている。何度も読み耽ったからである。
子どもの頃とは違い、今の私はそれなりに、言葉を伝えることが得意になった。口髭の男には及ばずとも。
しかし、それ以上に助かるのは、やはり相手のボディランゲージを読み取れるようになったことだろう。
音のないこの世界では、相手の言葉を読み取る技術は必須だと言える。この本はその術を私に授けてくれた。
大切なのは、観察だ。相手の一挙手一投足をよく見ること。そうすれば、相手の意図なんて簡単に読み取れる。
相手の言葉がわかるようになると、私の世界はずっと大きく広がった。それはやはり、相手のことがよく理解できるようになったからだろう。
意図がわからない相手ほど怖いものはない。幼い頃の私の世界は、暗闇のように、手探りで進むしかなかった。
言葉の聞こえない人はさながら獣のようで、今にも自分を傷つけようとしているかのようだった。
しかし、相手のことを理解することで、それがすべて幻だとわかる。暗闇を光が切り裂き、獣に見えた人が優しい笑みを浮かべていることがわかるのだ。
口髭の男の手足が軽やかに脈動する。それは、明白に、白黒の世界において全力で言葉を表現できることを、喜んでいることがわかった。
声ならぬ言葉を伝えるボディランゲージ
考えていることや感じていることを、そのまま口に出す人はほとんどいない。では、言葉の裏にある相手の本心をどうすれば見抜くことができるのか?
そのための強力な武器が、ボディランゲージである。相手のボディランゲージを正しく読み取ってうまく対応すれば、相手を意のままに操ることだってできる。
そのやり方は簡単ではないが、仕組みはとてもシンプルだ。自分の目と耳で相手をよく観察して、そこからわかった情報をもとに、相手の気持ちはこうだろうと読み解くのである。
だが、多くの人はボディランゲージにまったく注意を払っていない。多くの情報を素通りさせている。自分は見ている、あるいは聞いていると思い込んでいるだけだ。
バーバラと私はこの本を書くにあたり、科学分野での研究成果だけでなく、最新技術を大いに活用した。
身体の動き、顔の表情、身振りやしぐさに的を絞って解説しているのは、こうした要素がとても重要だからだ。
この本を読めば、自分が言葉以外にどんなシグナルや手がかりを発信しているか、そしてそれをコミュニケーションにどう活用すればいいかわかるはずだ。
ボディランゲージと聞いて、眉をひそめる人もいるだろう。だが、私たちは人間同士のコミュニケーションを深く考察し、よりよく理解するための手段だと考える。
ボディランゲージの知識を広げ、その腕を磨くことで、大切な人と過ごす時間がいっそう素晴らしい経験になるはずだ。
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