マウスで上から下までスクロールしていく。ディスプレイに映っているのは、もう見慣れた『amazon』の商品ページだった。それを見る私の目は、もう痛みを訴えている。
レビュー、評価、価格、在庫……。商品ページは実に親切だ。さまざまな情報が載っていて、参考になる。過剰に商品を褒めているあからまなサクラでも見ていると買ってみようかという気になってくるが、その中にある低評価レビューが真実であるようにも思える。
それだけの情報を吟味して、さあ、決めた。とは、ならない。同じ商品がもっと安く中古で出品されていることだってある。だから、今度はそれを探す。そしてまた、商品ページで買うかどうかを自分に問いかける。その繰り返しだ。
それだけやって、それでも結局、実際に買うことは稀だった。長い時間をかけて選んでいるうちに最初に欲しいと感じた熱量も冷めきって、欲しいとは感じなくなってしまう。いつものことだ。
それでも、時間の無駄をしたとは思わない。昔から、買い物は好きだった。特に用事もないのにマーケットに行って、いろんな商品をぼんやり眺めたり広告POPを読んだりするのが私の趣味のひとつだった。
それはネットショップでも同じで、写真でずらりと並んだ商品は圧巻のひとことである。感想の中にも時々おもしろい意見があって、読み物としても楽しんでいた。
「それだけ見ているのに、買わないの?」友人からそう聞かれて、私は「買わなくてもいいんだよ。楽しいから」と答える。すると、友人は「……なんか、昨日読んだ本の中身、納得したわ、今」と呟いた。
「本? なんて本なの?」
「『日本人はなぜ、モノを買わないのか?』ってやつ。野村総合研究所ってところが出版してる」
「へぇ」
調べてみると、あっという間に商品ページが出てくる。なんでも、アンケートで判明した日本人の購買意識を、わかりやすく本にしてまとめたものであるらしい。
ネットやスマホの普及によって、多くの人がすぐに情報を手に入れることができるようになった。一見、便利なようにも見えるそれが、逆に向かい風になっているという。
というのは、「情報が多すぎる」のだ。今時、ひとつのキーワードを検索ボックスに書くだけでも数十、数百という膨大なそのワードの詳細があっという間に出てくる。
しかし、ネットの情報は虚も実も入り交じっていて、どの意見が本当なのかわからない。そんな、「なくて困る」のではなく、「ありすぎて困る」情報過多社会になった。
日本人は元々貯金好きだ。いわば、言われるまでもなく「買わない」民族である。社会が変わっても、その風潮だけはずっと変わらない。
貯金は戦後の時代から根付いた価値観だ。当時は、銀行に貯金することが合理的な社会だった。政府は国民の貯金で国家予算を補填することができ、国民は高い金利のおかげで預けているだけでもお金が増えていった。
それが今じゃあ、銀行の金利はひどいもので、預けていてもちっとも増えない。それなのに、未だに貯金が一番だと信奉していて、ただただ銀行にお金を貯めている人たちが多い。
感染症が流行してからは、経済的な不安から、より一層その傾向が増えている。将来の不安が備えに対しての過信を生み出しているのだ。お金がひとところに集まるということは、経済がより回らなくなるということなのに。
貯金は善であり、散財は悪である。そもそも、その価値観がいけないと思う。だからこそ、貯金を続ける人が減らず、散財する人に冷たい視線が向けられてしまうのだ。経済に貢献しているのは後者である。
友人からのその話を聞いた時、私はふと、自分のディスプレイを眺めた。立ち並ぶ商品ページ。私はその中の、ひとつの商品をカートに入れた。
最近、SDGsなるものが流行しているらしい。それは、時代が再び変わりつつある証左であるようにも思う。価格よりも環境が重視される世の中になったのだ。
貯金が悪いこととは言わない。でも、そもそも、お金は使うため、モノを買うためにあるのだということを忘れてはいけないと思う。
翌日、買ったものが届いた。封を開けると、一冊の本が現れる。『なぜ、日本人はモノを買わないのか』というタイトルが見える。
情報過多社会の消費活動
あなたは商品やサービスを選ぶとき、「情報が多すぎて困る」だろうか。それとも「情報が不足していて困る」だろうか。日本の消費者の7割が、情報が多すぎて困っている。
モバイル端末が普及し、いつでもどこでもインターネットにつながるようになった今日、日本の消費者の情報へのアプローチや考え方は大きく変化した。
さらに東日本大震災という未曽有の大災害などを経て、日本人の生活価値観や消費意識は、大きな転換期を迎えている。
本書は、長期時系列のデータに基づき日本人の価値観の変化を分析しながら、新たな方向へと踏み出した日本の消費者の心を揺さぶるキーワードを導き出すものである。
日本人はお金を使わなくなったといわれる。ではなぜ、消費者はお金を使わなくなったのか。
ひとつには、長引く不況による将来不安がある。長期にわたる経済低迷の中で、日本人は倫理的でつつましい消費価値観を身につけるに至った。さらに現代では、消費者の心をとらえるために提供された情報が消費の手を止めさせているという皮肉もみられる。
幅広い選択肢と多様なチャネルから流れ込む大量の情報を処理することを消費者は困難に感じている。その一方で、情報収集しなかったために失敗したくないし、「自分で決めた」という納得感も欲しい。
人口減少、少子高齢化、景気低迷、消費価値観の変容。一見すると拡大要素がないように思われる日本の消費市場だが、攻略のヒントは必ずある。本書が情報疲労時代の変わりゆく消費者を理解し、その心を動かすカギを見つける一助となれば幸いである。
なぜ、日本人はモノを買わないのか? 1万人の時系列データでわかる日本の消費者【電子書籍】[ 松下東子,日戸浩之,濱谷健史 ] 価格:1,408円 |
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