生と死の違いを教えてください『自殺の国』柳美里


このまま飛び込んじゃったら、どうなるのかな。自分の身体が黄色い線よりも向こう側に倒れ込むところを想像する。巨大な鉄の塊が、私の身体を粉々に砕いて。そこまで考えたところで、電車が来た。私は携帯をポケットに放り込んで乗り込む。

 

電車の中は、たくさんの音に溢れていた。そのことに、今さらながら驚く。いつもはイヤフォンをしているのだけれど、今日の私はしていない。あいみょんが聞こえてこないのがちょっとだけ違和感。

 

席に座って、カバンから取り出した本を太腿の上で開く。隣のおじさんがちらりと見てきた。タイトルは『自殺の国』。著者は柳美里。

 

元々、本はたまに読むくらいだけれど、その本に関しては、タイトルに惹かれた。ちょうど死にたいなとか思っていたから。

 

百音は今時の女子高生。クラスの女子のカーストに気を遣って生きている。たまに自殺者を集う掲示板を眺めながら、人生が続くことを嘆きながら電車に乗った。

 

でも、ある時、カーストのトップの子からメールが誤送信されてくる。しかも、その内容は百音の陰口。翌日から、彼女はグループから無視されるようになり、クラスでいじめられるようになった。

 

大人に見えるようなメイクをして、荷物を持ち、家を飛び出す。品川発の電車に乗って向かう先は、約束の場所。決行は、今夜だ。

 

なんというか、とても面白いとは言えない、むしろ怖い本だった。何がって、その生々しさ。描かれている百音は、紛れもなく等身大の女子高生だ。

 

クラス内の女子のカーストなんて、まさに私自身も身を置いている。まるで薄氷の上を歩くかのような毎日。それが崩れると、生きていけない。

 

電車で、他の人の会話が無秩序に聞こえてくるところが、私は一番好きだった。電車と言う箱庭の中は人の存在で溢れているのだということがよくわかる。

 

自殺の国。なんとも物騒なタイトル。だけど、日本は正直、そう言われても仕方がないと思う。十六年しか生きていない私ですら死にたくて仕方がないのだから、二十年、三十年と生きたら充分すぎるくらい。そんな人は、きっと何人もいる。

 

三島由紀夫は割腹。川端康成はガス。太宰治は無理心中で入水。芥川龍之介に至っては「ぼんやりとした不安」で自死を選んでいる。

 

「死ぬ」や「死ね」は女子高生の挨拶みたいなものだ。鼻の横に超でかいニキビができた。死にたい。彼氏に振られた。死にたい。今日テストだわ。死にたい。友達と喧嘩した。死にたい。親がうざい。死にたい。

 

世間では自殺は悪いことだと捉えられている。だから、道行く人が突然死にたくなったからといって、すぐに自殺してしまうわけじゃない。迷って、迷って、迷い続けて、その先に大切なものがない人が自殺を選ぶ。

 

私は、自殺はそこまで責められるようなことだろうか、と思う。そもそも、誰もが結果だけを見て自殺したことを糾弾するけれど、本人じゃない他人に、自殺したその人の苦しみなんてわかるわけがない。

 

自ら死を選ぶこともまた、ひとつの選択肢だ。それで本人が満足できるのなら、別にいいんじゃないかと思う。というか、第三者が好き勝手言えることではないし。

 

自殺者は後を絶たない。老いも若いも、男も女も、何も関係がない。彼らを殺しているのは、社会であり、環境であり、また、本人の絶望だ。

 

「生きることと死ぬことの違いを教えてください」

 

今の社会、私たちはみんな、死んだように生きている。誰もが死んだ魚みたいに覇気のない目をしている。電車でつり革に乗ったサラリーマンの集団なんて、まるでゾンビみたい。

 

私たちが生きる意味って何だろう。私たちは必ず人生の最後には死ぬ。だったら、私たちは最後に死ぬために、苦しい思いをして必死に生きているということになる。そんなことに、何の意味があるというのだろう。

 

生と死の違いを教えてください。じゃなきゃ、私は何のために苦しみながら生きているの。私が生きるための理由をください。この自殺の国で、私たちは何を目指して生きればいいのか。

 

 

死にたいわけじゃない。死にたいと思ってみてるだけ。

 

JR品川駅臨時ホームに立っている少女は、携帯電話を閉じてスクールバッグのポケットに入れ、その手で白とミントグリーンの小さな箱を取り出した。今日のはピアニッシモ。

 

少女は、隣のホームから流れてくる鉄道唱歌のメロディーを聴いた。いつからこの発メロになったんだろう? 昔は、これじゃなかったような気がする。

 

むかし? 昔って、いつ? 中学のころ? 中学、楽しかったな……でも、楽しいこと葉、すぐ終わる。昔むかし、市原百音という中学生がいましたとさ……めでたしめでたし……おしまい……

 

中学の3年間塾に通って、本命の公立落ちて、楽勝モードだって言われてた私立も落ちて、下見もしなかったすべり止めに入るしかなかった時点でサゲサゲMAXで、もうわたしの人生なんて終わってますって……

 

でも、人生は終わらないの。つづいてくの。平均寿命まで生きるとしたら、あと60年だか70年、実は終わってる人生に縛り付けられて、就職、結婚、出産、育児、旦那の定年退職、老後……

 

シニタイ。でも、死にたいわけじゃない。シニタイ。死にたい、と思ってみてるだけ。シニタイシニタイシニタイ。

 

少女は、東海道線東京行きが到着した5番線ホームに目をやった。朝と夜、毎日二回、1時間以上立ちっぱなしで10年も20年も家と会社を往復するなんて、イヤだな……でも、家の中で毎日、旦那や子どもの帰りを待って暮らすのもイヤだ……

 

嫌なことはいくらでも言えるのに、好きなことはなにひとつ言えない。11、12の東海道線、15の横須賀線のホームは白いパネルの向こう側……

 

「5番線、ドアーが閉まります、ご注意ください」

 

 

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