史上初の女性総理大臣とファーストジェントルマン『総理の夫』原田マハ


 元始、女性は太陽であった。私は『青鞜』の創刊の辞にその言葉を記し、自らの銘である「らいてう」と書いた。

 

 

 政治を動かす連中の顔ぶれを見れば、誰も彼も、男、男、男。男ばかりである。

 

 

 女などは政治にかかわるな。私たち女はいつもそう言われ、声を上げることすらできなかった。

 

 

 しかし、時代は変わる。いずれ必ず、私たち女性が、男たちと肩を並べ、社会を築くひとりとして立つ時が来るはずなのだ。

 

 

 この『青鞜』はその時代を夢見る女たちの希望である。それを夢として終わらせてはならない。未来の私たちのためにも、私たちは男なんぞに負けてはならないのだ。

 

 

 私たちは出産の痛みを知っている。私たちは子を身体に抱えることの愛おしさを知っている。男には決して知りえないことを、私たちは知ることができる。

 

 

 女がなければ人は生まれない。ひとりの人が生まれるためには、男と女が必要なのだ。男も女も、女が産むことでこの世にひとりの人間として立つ。

 

 

 それなのに、男どもときたら、まるで自分たちこそが人間の主軸であるというような偉そうな顔をする。女はまるで男の付属品に過ぎないようなことを言う。

 

 

 自分たちもまた、母の胎の内で育ち、母の胎から生まれてきたのだということを、彼らは忘れているに違いない。

 

 

 女が口を出せば、男はうるさいと頬を打つ。男はそれしか知らないからだ。自らが女に勝る手段を、男は暴力しか知らないからだ。

 

 

 彼らは本能的に察しているのだ。子を胎に抱えた女を前に、男はただ無力でしかないのだと。だからこそ、彼らは自分たちが唯一勝る暴力で解決を試みる。

 

 

 まるでだだをこねる童のようではないか。それもまた当然であろう。彼らとて人の子、偉そうにしている男どもの誰もが、かつては母の胸に吸い付いた赤子に相違ないのだから。

 

 

 もしも、いつになるかはわからないが、やがて、女が参政権を有すようになり、政治を担う末席に連ねたならば。

 

 

 いや、あるいは、日本の政治を動かす総理大臣として女性が立ったならば、世の中は大きく変わるに違いない。

 

 

 たとえ女性が仕事をする世の中になったとしても、女性は妊娠するものである。女の社会進出がかなわないのも、女には人間として何よりも大切なことがあるからだ。

 

 

 生理。妊娠。出産。男の総理ならば決して理解できないその女にしかないことを、女の総理ならばわかる。

 

 

 そうなって初めて、本当の意味で男と女がともに肩を並べることができる社会が到来するのではないだろうか。

 

 

 富国強兵が叫ばれる世の中になり、日本はいよいよ狭量な国になってきている。

 

 

 『青鞜』が出れば、世の男たちはこぞって非難するだろう。ともすれば、発禁処分すら言い渡されるかもしれない。

 

 

 しかし、この誌には女たちの悲嘆の叫びと魂が込められているのだ。それは必ずや、未来の女性を奮い立たせるものであろう。

 

 

 国を変えるのは容易ではない。私の一代では何も変わらないかもしれない。その声は、男どもによって掻き消されるかもしれない。

 

 

 しかし、未来に生まれるひとりに届いたならば、それでいい。私の命は尽きようとも、私の声はそのひとりが引き継いでくれる。

 

 

 時代は変わる。国もそれに合わせて変わる。変化を拒む国は必ず滅ぶ。国は硬直してはならないのだ。

 

 

 日本を良い国に導く。その望みに男も女もない。国民の姿を見て、その声を聞き、国の未来を想う。

 

 

 政治のために民があるのではない。民のために政治があるのだ。男も女も民である。彼らの姿を歪みなく見据えてこそ、日本は素晴らしい国になるだろう。

 

 

日本初の女性総理大臣の誕生

 

 この日を決して忘れまいと、日記をしたためることを思い立つ。今までも、自分の日常のことを日記に書こうとは、ついぞ思わなかった。

 

 

 私は、もしも日記を書くとなったら、私の妻、凛子との間に起こる出来事までをも微細に記してしまいそうで、それが怖かった。

 

 

 凛子は、神秘だ。彼女は特別に神秘である、と私は思う。彼女の行為や行動は、いつも私や周囲の予想を大きく裏切る、いい意味で。

 

 

 本日、日記をしたためようと思い至ったのも、何はさておき、私の妻、相馬凛子という「神秘」を、書き残しておきたい、と強く感じたからだ。

 

 

 今、この瞬間、この国も、地球も、あらゆる局面で「待ったなし」の状況にさらされている。まさに今、何とかしなければならない状況に、私たちは立たされているのだ。

 

 

 それにしても、なんというタイミングなのだろう。この時期に、日本の政局が大きく変わろうとしているのは、あらかじめ歴史にプログラミングされていたとしか思えない。

 

 

 神様のイタズラに、これからしばらくの間とことん付き合わされるのは、私の妻、相馬凛子だ。

 

 

 今日こそは、運命の日。と同時に、今日こそは、後世に残すべく私が日記を書き始めた日。この日記を最初に手にした人物、つまりあなたのことだが、いったいこれはいつの時代の産物かと驚いておられることだろう。

 

 

 私のこの日記は、歴史の証人になるはずだ。未来の、ある時、誰かが、つまりあなたが見出して、きっと何かの役に立ててくれるはずだ。

 

 

 本来の超一級歴史的資料になる予定の日記を書き始める、記念すべき、この日。私の妻は、今日、総理となる。

 

 

 第111代日本国内閣総理大臣、相馬凛子。日本初の女性総理大臣が、誕生する日なのだ。

 

 

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