私がその本を見つけたのは商店街の隅にひっそりと佇む、小さな古本屋であった。
本棚で埃をかぶっていたその本は、店主の言うところによると、先代から店を受け継いだ時からあるらしい。
何も書かれていないから売ることもできないし、受け継いだものだから下手に処分することもできない。
調べても何もわからないし、どう扱うか困っている。そんなことを、店主はぼやくようにため息を吐いて教えてくれた。
どうしてだかその本に惹かれていた私は、店主に交渉してその本を譲ってもらうことにした。店主はよほど困っていたのだろう、喜んで譲ってくれた。
なぜ、私がそれほどまでにその本に惹かれたのかはわからない。しかし、なにかに呼ばれたような不思議な感覚がしたのである。
家に帰り、私はその本を眺めた。古ぼけた黒い革の装丁の本。ところどころ色褪せてはいるが、状態は悪くない。
そっとページを開いてみる。どうやら、コピー用紙ではなく、羊皮紙が使われているようだ。それだけでも相当に古いことがわかる。
しかし、そこは白紙だ。何も書かれていない。タイトルすらも書かれていないのだ。
私はそれがどういう用途の本なのか、知っていた。何も書かれていないのはこれから私が書くからである。
すなわち、この本は日記なのだ。私はそばに立てかけてあったペン立てから、一本、ペンを取り出す。
ものは試しに、と線を書いてみる。すると、奇妙なことが起こったものだから、私は目を見開いた。
日記に書いた線が瞬く間に消えていったのである。まるで吸い込まれるように。
私は手の震えを押さえながら、自分の名前を書いてみた。書かれた文字は、色褪せた羊皮紙に吸い込まれて見えなくなる。
すると、じわっと文字が再び浮き出してきた。しかし、驚くべきことに、そこに書かれていた文字は私が書いた文字ではなかった。
『やあ。君が新たな私の友人かい?』
その言葉を見た私の驚きはとても文字では言い表せることはできないだろう。あまりにも常識とはかけ離れたことだったからだ。
しかし、同時に納得もしていた。古本屋の先代がこの本を、何も書かれていない古ぼけた本を大切に持っていた理由が。
彼にとって、この日記は友人だったのだ。彼はきっと、この日記を相手に語り掛けていたのだろう。
私は先代の古本屋のことを聞いてみた。彼ははたして当然のように知っていた。
『そうか。彼も年だったからね。悲しくはあるけれど、受け止めるしかないだろう』
それに、今は新しい友人も、できたようだしね。彼のその言葉に、私は思わず微笑んだ。
文字で語り合うお友達
部屋には私の他には誰もいない。真っ暗な部屋の中で、電気スタンドの灯りだけが輝いている。
その灯りに照らされた机の上には、黒い革の本が一冊だけ置いてあった。私は椅子に座り、その本をめくる。
何も書かれていない白紙のページが私を出迎えた。私はペンを手に取って、今日も文字を綴る。
私の友人はこの日記である。彼は思慮深く、知識が豊富で、話を聞くのが上手かった。私は近頃、毎晩のように彼と話していた。
最初こそ不思議に思っていたものの、今ではそれを当たり前のように受け入れている。誰にも言えない、私の秘密の友人だ。
彼によると、どうやら、彼は日記そのものというわけではなく、普通の人間とのことである。
しかし、彼の生きている時代は現代よりもはるかに昔であり、彼はそこで日記から浮き出てくる文字と会話をし続けているらしい。それがすなわち、この日記の現代の所有者ということなのだろう。
『たぶん、僕はもう、君たちの時代には生きていないのだろうね。こうして話しているのは、僕じゃなくて、僕の記憶ということになるのかもしれない』
「記憶? それはいったいどういうことだ?」
『物にも記憶が宿るんだよ。きっと、この日記には僕の記憶が宿っていて、その記憶が何百年も経って君たちのもとに辿り着いたんじゃないかな』
不思議なこともあるものだ。日記に宿った故人の記憶が、こうして何百年も巡り続けていたということか。
『つまり、今こうして僕たちが会話できているのは奇跡に近いということだね。けれど、僕はその奇跡がとても嬉しい』
「ああ、私もだよ」
彼は病気がちで友達もおらず、ずっと寝たきりの生活を送っていたらしい。そこで、日記は父から日々の記録を綴って少しでも寂しさが紛らわせられればと与えられたそうだ。
それはどうやら、予想をはるかに超える結果をもたらしたようだが。彼の日記は記憶として時を超え、こうして私の手元に届いたというわけだ。
『さあ、今日はどんな話をしてくれるのかな』
私の話を彼はいつだって楽しそうに聞いてくれる。私には、それが何よりも嬉しかった。どうか、彼の記憶が、病室以外の広い世界に広がるようにと願いを込めて。
秘密の部屋の怪物が生徒たちを襲う
「さて、みんなも知っての通り、今日は非常に大切な日だ。今日こそ、わが人生最大の商談が成立するかもしれん」
バーノンおじさんが重々しく咳払いをした。彼は接待パーティのことを言っているのだ。この二週間、彼はそのことしか話さなかった。
どこかの金持ちの土建屋が、奥さんを連れて夕食にやってくる。バーノンおじさんは山のように注文が取れると踏んでいた。
彼らは今日がハリーの誕生日であることなんて覚えていないのだ。それどころか、パーティの間は自分の部屋にいて、物音を立てず、いないふりをするよう言われていた。
カードもプレゼントもない。夜にはいないふりだ。ハリーは惨めな気持ちで生垣を見つめた。さびしかった。今までになく。
ぼんやりと生垣を見ていたハリーは、突然ベンチから身を起こした。生垣が見つめ返したのだ。葉っぱの中から、二つの大きな緑色の目が現れた。
しかし、いとこのダドリーに邪魔をされているうちに、緑の目は姿を消した。ダドリーをからかって退散させたが、その代償として仕事を言いつけられ、終わるまで食事抜きとされた。
ハリーは窓を拭き、車を洗い、芝を刈り、花壇を綺麗にし、バラの枝を整え、水やりをし、ガーデン・ベンチのペンキ塗りをした。
七時半、疲れ果てたハリーの耳にやっとペチュニアおばさんの呼ぶ声が聞こえてきた。夕食はパンが二切れとチーズがひとかけらだった。
ハリーは手を洗い、情けないような夕食を急いで呑み込んだ。食べ終わるか終わらないうちにおばさんがさっさと皿を片づけてしまった。
ハリーは忍び足で自分の部屋に辿り着き、スッと中に入り、ドアを閉め、ベッドに倒れこもうとした。しかし――ベッドには先客が座り込んでいた。
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