私が働いているのは地元では有名な企業である。創業ウン十年にもなろうか、長い経営の歴史はそのまま信頼へと繋がっている。
今後潰れる可能性の低いであろう、安定した企業である。私はそんな企業には入れたことが誇らしかったし、親も安心させられた。
これで私の人生は安泰だろう。あとは波風立てずに一心不乱に企業に尽くせばよい。私はそんなことを考えていた。
しかし、安定していたであろう私の未来に、突如として暗雲が立ち込める。
それはまるで船内に少しずつ海水が侵食していくように。あるいは虫が家の土壁を貪っていくように。
企業の業績が少しずつ下がってきたのだ。それは年々少しずつではあったが、しかし、たしかに数字として表れていた。
もちろん、企業側とて、ただ手をこまねいていたわけではない。業績の悪化を防ぐため、様々な手段を講じてきた。
しかし、それらはすべて効果を為さなかった。減少は今でも続いている。長年会社を牛耳ってきた辣腕たちが揃って会議しても原因がわからない。
このまま、この会社に勤めていてもいいのだろうか。私の胸中を不安が圧し潰していく。しかし、いずれ業績が回復するはずだという期待もあった。
やめてしまえば、私は無職のままこの社会に放り出されることになる。親にも心配をかけるだろう。もうあの頃のように若くもない。
そうした恐怖の種が私の決意を鈍らせていた。
いても立ってもいられず、私が逃げるように立ち寄ったのは本屋であった。何か現実を忘れられるものが欲しかった。
ふと、目についたのは一冊の本である。スペンサー・ジョンソンの『チーズはどこへ消えた?』というものであった。
童話だろうか。しかし、ビジネス書と書いてある。普段はビジネス書なんて読まないが、不思議とその本には手が伸びた。
童話に隠された意味
清々しい気分だった。胸中の暗雲が晴れ、突き抜けるような晴天が私の心に広がっていた。
辞表を提出したのはつい三か月前のことである。そして、最後の勤務を終えたのがついさっきのことであった。
思っていたような不安はない。むしろ、解放されたような不思議な気分だった。
次の仕事が決まっているわけではない。親からは会社を辞めるなんてと大いに反対されたものである。
ならば、どうして私の心には不安がないのだろう。むしろ、まるっきりの逆であった。
次は何をしようか。あれもよい。これもいいな。頭の中にやりたいことが思い浮かんでは消えていく。
どうすれば、私はチーズを得られるだろうか。会社に勤めているだけではチーズは得られない。そのことは痛感したばかりだ。
ならば、私は何をして、どのようにしてチーズを得ようか。そのためには言われたことだけを聞いているだけではできないのだ。
考えなければならなかった。今後、私の人生が上手くいくかはわからない。新しくチーズを得るには相応の苦労が私を待っているだろう。
しかし、不思議と私は今までにないほど楽しかったのだ。先の見えない未来に胸が躍るような気持だった。
私は生きている。なぜか、強くそう思えたのである。
2匹のネズミと2人の小人がチーズを求める童話
ネズミのスニッフとスカリー、小人のヘムとホー。彼らは迷路の中に住んで、チーズを探しておりました。
スニッフとスカリーは頭がよくありません。だから、単純な方法でひたむきにチーズを探し続けます。
対して、小人たちは優れた頭脳を使って効率良く探索しておりました。そのため、少ない労力でネズミたちよりも多くのチーズを手に入れていました。
そして、彼らはとうとう安定してチーズが手に入るチーズステーションCを発見しました。
スニッフとスカリーは毎朝自分たちの家からチーズステーションCまで行っておりました。
対して、ヘムとホーは自分たちの家をチーズステーションCの近くに建てれば、もう迷路を歩き回る必要はないんじゃないかと考えます。
そして、彼らはチーズステーションCの近くに住み始め、チーズを自分たちのものとして独占し始めました。
しかし、ある朝、チーズステーションCのチーズがなくなったのです。
スニッフとスカリーはチーズが少しずつ減っていくことに気がついていました。
そのことからいずれチーズがなくなることを予想していたため、チーズステーションCを離れて別のチーズを探しに出かけました。
そして2匹は大量の新しいチーズのあるチーズステーションNを見つけたのでありました。
対して、ヘムとホーはチーズステーションCのチーズがなくなった真相を究明しようとし、事態を検討しておりました。
問題を解決すればチーズステーションCにいつかチーズが戻ってくるものと信じていたのです。
しかし、チーズは戻ってきませんでした。
ホーはこのままではいけないと考え、再び迷路を歩く決意をして旅に出ました。
しかし、ヘムはチーズステーションCにいることこそが最善だと信じ、動こうとはしません。
待っていれば、いつかはチーズが戻ってきて事態が好転することを頑なに信じていました。
こうして2人は決別することになったのです。
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