最近、SNSというものを始めてみた。と、友だちに言ってみたら、「今更⁉」と大いに呆れられたのだけれど、さっそくはまり込んでいる自分がいる。無数のメッセージが飛び交うその場所は、何が起こるかわからない。
例えば、こんな話がある。長い間疎遠になっていた男女がSNSで見かけたことをきっかけにメッセージをやりとりし合うようになり、めでたく結婚した、という。
あるいは、こんな話。SNSに投稿した一枚の写真。変わった出来事を投稿しただけのつもりだったけれど、その写真から住所や身元が特定された、という話。
私が使っているSNSは、匿名で登録できるものだ。正直、まだSNSで実名や顔写真を曝け出すのは怖かった。
というのも、SNSから身元がバレてしまう、というのが、より実感できてしまったからだ。『ルビンの壺が割れた』という作品を読んでから。
『ルビンの壺が割れた』は一時ネットで無料公開されたことで話題になった。その人気が火種となって今はちゃんとした本として出版されている。
その本は、軽く読めてしまう程度の分厚さしかない。SNS上での二人の男女のやりとりをただ淡々と書いていったもの。にもかかわらず、読んだ時の驚愕は生半可なものじゃなかった。
出てくるのは、結城未帆子という女性と、水谷一馬という男性。どうやら、水谷さんはSNSで見かけた女性が結城さんだと知ってメッセージを送ったらしい。
なんと、そのメッセージによると、彼の知る結城未帆子という女性は二十八年も前に亡くなってしまったのだという。
じゃあ、SNSの写真に写っていたのは、彼女の幽霊? それとも、亡くなったというのは水谷さんの勘違いで、実は生きていた、とか? はたまた、他人の空似? 姉妹とか、かも。
そもそも、水谷さんと結城さんの関係はなんだろうか。さすがに、ただの友達の顔を調べるために写真を引き伸ばしたりプロフィールページを見たりしないだろうし。
昔の恋人? それとも夫婦だった、とか? もしかして、のっぴきならない事情で遠く離れることになってしまった恋人同士の、感動的な再会の話だろうか。
「返事があるとは思っていない」と水谷さんは言っているけれど、本心は返事を望んでいることがありありとわかる。返事は来るのかな、それとも。
読み始めた瞬間から、頭の中を埋め尽くすいろいろな疑問にガッチリと掴まれてしまった。その疑問に急き立てられ、次のページをめくっていく。
少しずつ明らかになっていく二人の関係。謎の真相。それとともに、徐々に見え隠れしてくる驚愕の真実。
読み終わった時には、軽く息が上がっていた。短い物語なのに、大長編一冊を読み終わったかのような満足感。
あとから調べてみたら、なんとこの作品は、著者である宿野かほる先生の友人の話をもとにしてつくられたのだという。それを知ってまた驚かされた。
宿野かほる先生はその友人への配慮ということもあって、自分のプロフィールを一切明かしていない。本名も、職業も、性別すらも。いわゆる覆面作家というやつ。
もう次回作を出さない、とも言っていた。その潔さに感服すると同時に、少し寂しい。短いのに、これほど謎に振り回されることを楽しめる作品はそんなにないだろう。
タイトルにある「ルビンの壺」は、見方によって、二人の向かい合った人間にも、壺にも見える、というもの。あなたは、何に見える?
なぜ女は突然に姿を消したのか
結城未帆子様
突然のメッセージで驚かれたことと思います。失礼をお許しください。
仕事終わりに、いつものように何気なくフェイスブックの歌舞伎のページを覗いていると、未帆子という名前を目にしました。
未帆子という名はありそうで、実際はあまり見ない名前です。同時に、その名は私にとっては忘れられない名前です。すぐに貴女を連想しましたが、苗字が違ったので、最初は貴女であるとは考えませんでした。
貴女のプロフィールページには、経歴や住所など、個人を特定できることは何も書かれていませんでした。それでも何か手掛かりになるようなものはないかと思い、お友達のページを見ました。
お友達の中に見覚えのある名前を見つけました。演劇部で貴女と同学年だった背山恵美さんです。偶然の一致とは思えませんでした。
決定的だったのは、貴女のお友達の一人である方がアップしていた京都旅行の写真でした。私は写真をパソコンに取り込んで、大きく引き伸ばしました。
拡大した写真を見た瞬間、思わず、あっと声を上げました。そこには二十八年前に亡くなった貴女の顔があったからです。
貴女を驚かせるつもりはありませんでした。
ただ、もう二度とお会いすることがない貴女のお顔を偶然に拝見することができ、あまりの懐かしさにこうして長文のメッセージをお送りした次第です。
お返事はもちろんないものと承知しています。亡くなった方からの返事はあるはずもありませんから。私の住んでいる町ではもうすぐ桜が咲きます。貴女の町ではどうでしょう。
水谷一馬
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