きらきら光る、お空の星よ……。ふと空を見上げながら、思わず口ずさむ。ああ、この歌のタイトル、なんだったっけ。
子どもの頃、ママといっしょに歌を歌うのが何より楽しかった。私がいつも歌をせがんで、ママは微笑みながら、手を叩いて一緒に歌っていた。
中でも私が好きだったのは、『きらきら星』だった。幼稚園でハンドベルを使って演奏したのも、この曲だった。それ以来、私は星空を見上げるたびに口ずさんでいた。
そのことを不意に思い出したのは、抱き上げた我が子といっしょに星空を見上げた時だった。思わず口ずさんだそのリズムを、我が子は私の腕の中できゃっきゃと喜んでいる。
ふと、興味を持って子どもが寝静まった後に調べてみたら、『きらきら星』は元々日本の唄ではないと知って驚いた。
なんでも、イギリスやアメリカで古くから歌われている曲に、日本語の歌詞をつけたものなのだという。他にも、『メリーさんの羊』や『ロンドン橋落ちた』といった、子どもの頃に慣れ親しんだ曲のいくつかが日本のものではなかった。
それらの原典となった民謡を総称して、「マザー・グース」というらしい。とても古くから家庭で歌われてきた、とのこと。
けれど、その実態を探ると、「よくわからない」の一言に尽きる。作者も不明、起源もよくわかっていない。それなのに、誰もが知っている。あまりにも不思議な存在だった。
けれど、日本ですら『きらきら星』や『メリーさんの羊』が人気のあるように、いや、それ以上に、イギリスやアメリカでは生活に根付いたものであるらしい。
子どもを育てる時、母親はマザー・グースの唄を歌う。リズムもあって、子どもにとっては楽しく言葉を覚えられる。意味はあとからついてくるし、ナンセンスな方がおもしろい、というのがイギリス人の考え方らしい。
それは誰もが知っているものだからか、文学や芸術でもしばしば登場する。
『不思議の国のアリス』に登場するハンプティ・ダンプティやトウィードルダム兄弟なんかは、マザー・グースから生まれたキャラクターだ。
アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』。ひとりずつ減っていくインディアン人形は、マザー・グースの『十人のインディアン』をもとにしている。
そういった事実を知って、私は驚いた。今まで知らなかったマザー・グースという存在が、途端に身近な、ともすればずっと一緒にいたかのような親しみ深いものにすら思えてくる。
そうだ、子どもの頃から、私はマザー・グースに育てられた。ママと一緒に歌を歌って、リズムを楽しんで、言葉を覚えた。マザー・グースは成長していく私を、ずっと見守ってくれていたのだ。
私は、すやすやと天使のような寝顔で寝息を立てている我が子を見た。きっと、あの子もこれから、マザー・グースに触れながら育っていくのだろう。本人もそれだと気付かないうちに。
日本語で直訳すると、「ガチョウおばさん」。その優しい歌の数々は、たくさんのことを私たちに教えてくれる。
けれど、彼女が何者なのか、どこから来たのか、いつ生まれたのか、そんなことは誰も知らない。多くのことが明らかになっている現代ですら、その謎は今もなお、解明されないまま残っている。
いや、むしろ、そういった神秘性こそが、私たちを引き寄せる不思議な魅力なのかもしれない。きらきら光る、夜空の星よ。私が見上げた窓の外には、何百年も変わらない星空が輝いていた。
ガチョウおばさん
英国とアメリカを中心とした英語圏の人々は、巨大な宝の蔵を所有している。
その”蔵”に貯えられている宝物は、単に数が多いというだけではない。新しいものもあるが古くから連綿と受け継がれてきたものが多く、人々の生活に広く深く入り込んでいる。
その”蔵”の名は、マザー・グース。
マザー・グースとは、ひとことで言うなら”英国生まれの伝承童謡”ということになる。しかし、”童謡”とくくってしまうにはあまりにも多様で、”大人の生活”にまで入り込んでいる、不可思議な世界なのである。
実は日本人も、子どもの頃に、その中の幾つかに出会っている。「きらきら星」や「メリーさんの羊」などだが、それらがマザー・グースであるという意識はなしに”自分たちの唄”として、歌ってきたのだろう。
マザー・グースの世界は、子どもだけのものではない。大人になってからもう一度、または新たに、その世界へ足を踏み入れてみてはどうだろう。新しい発見に、魅力に、出会えるはずである。
この本は、主に二つのことを目的としている。
ひとつは、なぜマザー・グースがこれほどの影響力を持ち、しかも長い歳月を生き延びることができたのか、その謎に少しでも迫りたい。
もうひとつは、主として英国で生まれたマザー・グースであるが、アメリカ人にとってのそれは何なのか? つまり、「アメリカ人にとってのマザー・グースとは?」と探ることである。
この”蔵”は、英語圏の人々のみの宝庫ではない。現在では日本人にも、そして将来は世界中の人々のそれになり得る可能性も秘めているという考えが背後にはある。
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