「おそれ」も「かなしみ」も消えていくブックガイド『死が怖くなくなる読書』一条真也


武士道とは、死ぬことと見つけたり。かつて多くのもののふたちは果敢に戦い果てて、英雄となった。そしてまた、主君の無念を晴らすのだと意気軒高と叫んでいる彼らもまた、そんな英雄の一角なのだろう。ただひとり、俺を除いては。

 

血判状に名を記すときの俺の手の震えを、誰ぞ見咎めはしなかっただろうか。そのことばかりがずっと気になっていた。気付かれれば、臆病者の誹りを受けるのは免れない。それはまさしく事実であることを、俺だけが知っている。

 

死が怖い。怖くて仕方がなかった。仇討ちは大罪である。幕府は決して許すことはない。討ち入りが失敗しても死、成功しても待つのは死ばかり。討ち入りをしたその瞬間、我らの道はただひとつだけとなるのだ。

 

こいつらはいったいなぜ、こんなにも死に急ぐのか。俺はもっと生きたかった。こんなところで死にたくはない。ましてや、死ぬことがわかっている討ち入りなんて。

 

主君と言えど、すでにいないのだ。ならば、故人のために死に向かうなど、何の意味があろうものか。気の良い同胞たちの死出の旅を、袖を引いて止めたい衝動に駆られた。それは、討ち入りを叫ぶ大石さんの決意を聞いたその時からずっと胸の内で燻ぶっている。

 

だが、今ここでそんなことを言えないのは、よくわかっていた。すでにそんな雰囲気は脱している。脱名していった同胞たちが羨ましい。自分は彼らほどの勇気も持たず、また英雄でもない、ただの小心者なのだ。

 

「では、子細問題ないな。決行は寅の上刻である。この場は、解散としよう」

 

大石さんの言葉を皮切りに、ひとり、またひとりとその場から姿を消した。俺もまた、「では」と声をかけて家へと向かう。

 

向かいながらも思案する。そもそも、死が怖いのが問題なのだ。その恐怖さえ克服することができれば、俺は主君への忠義を示す機会を得る。

 

そんなことを考えていたからだろうか、ふと気が付くと、見たこともないような道に出ていた。目前にひとり、怪しげな商人がぽつねんと座っている。

 

「もし、お侍様。何かお困りで」

 

静かな声ながらも、不思議と耳の通りが良い声。だが、俺の事情を他人に話すわけにはいかぬ。いくら死が怖いといえども、裏切って仲間を危機に晒すつもりはなかった。

 

「ははあ、仇討ちに参加することになったはいいものの、死ぬのが怖い、と」

 

「な、貴様、なぜそのことを」

 

まるで見てきたもののように看破してきた商人に寒気を覚えた。彼は問いには答えず、ただ胡散臭い笑顔を浮かべたまま、一冊の書物を取り出した。

 

「こちらなんか、おすすめでございます」

 

「な、なんだそれは」

 

表題には、『死が怖くなくなる読書』と書かれている。

 

「死への恐怖。それを消してくれる書物を知ることができる書でございます。これがあれば、死など人の円環のほんの一瞬に過ぎないのだと、実感することができるでしょう」

 

「まことか」

 

嘘は申しません、と彼は言う。俺はすでに彼の妖しさも忘れ、その書に惹きつけられていた。欲しい。その言葉ばかりが、頭に浮かぶ。

 

俺の死がすぐ間近にまで迫っていることは間違いないだろう。だが、死を恐れながら死ねば、俺はただの臆病者としての一生を終えるのだ。それで果たしてよいのか。

 

否、答えなど、わかりきっている。どうせ死ぬならば、俺は英雄になりたい。おそらく遠い未来に英雄として語り継がれる同胞たちに肩を並べられるような、英雄に。

 

俺はその本を手に取った。ご武運を、と彼は言う。途端、彼の姿は白昼夢のごとく消え失せてしまった。俺は道の半ばに茫然と突っ立っている。

 

だが、見下ろしてみれば、『死が怖くなくなる読書』は、俺の手の中に握られていた。その時にはもう、俺の心は決まっていたのである。

 

 

死への考え方を変える本

 

本書は、「死が怖くなくなる」本を紹介するブックガイドです。「死」に関係する本をさまざまな角度から紹介したいと思います。

 

長い人類の歴史の中で、死ななかった人間はいませんし、愛する人を亡くした人間も無数にいます。その歴然とした事実を教えてくれる本、「死」があるから「生」があるという真理に気付かせてくれる本を集めてみました。

 

物心ついたときから、わたしは人間の「幸福」というものに強い関心がありました。人類が生み、育ててきた営みはたくさんある。その目的は「人間を幸福にするため」という一点に集約される。その人間の幸福について考え抜いた結果、その根底には「死」というものがある、そのことを思い知りました。

 

日本では、人が亡くなったときに「不幸があった」といいます。わたしたちは、みな、必ず死にます。その未来が「不幸」であるということは、必ず敗北が待っている負け戦に出ていくようなものではないかと思えたのです。

 

わたしたちの人生とは、最初から負け戦なのでしょうか。そんな馬鹿な話はないでしょう。死は決して不幸な出来事ではありません。

 

「死」は、わたしたち人間にとって最重要テーマです。わたしたちは、どこから来て、どこに行くのでしょうか。そして、この世で、わたしたちは何をなし、どう生きるべきなのでしょうか。

 

なぜ、自分の愛する者が突如としてこの世界から消えるのか、そしてこの自分さえも消えなければならないのか。これほど不条理で受け入れがたい話はありません。本書には、その不条理を受け入れて、心のバランスを保つための本がたくさん紹介されています。

 

本書を最後まで読まれたならば、おだやかな「死ぬ覚悟」と「のこされる覚悟」を自然に身につけられることと思います。それとともに、あなたが「生きる希望」を持ってくださったなら、著者としてこれほど嬉しいことはありません。

 

 

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