仕事も人間関係も生き苦しい人のために『落語に学ぶ粗忽者の思考』立川談慶


――チョイト、そこな道行く若旦那。一体どうしたってんだい、そんな辛気臭い顔してサ。オイオイ、水臭ェなあ。俺で良けりゃあ悩みのひとつや二つ聞いてやるってのにヨォ。俺と手前の仲じゃねぇか、エェ。

 

ああ、ウン、まあ、さっき会ったばっかりだよ。ほんの三秒前くれぇにな。そう遠慮すんなって、ナア。見知らぬ赤の他人だからこそ乗れる相談ってのもあるもんサ。あんたも覚えがあるだろう?

 

で、イヒヒヒ、何があったってんだい、話してくんない、エヘヘヘ。アァ? 俺が楽しんでねぇかって? イヤイヤ、人様の不幸をとっくり味わってやろうとか、そんなこと、思うわけねぇじゃねぇか。今にも涙がちょちょ切れそうだってのによォ。

 

ヘェ、ほおお、ハーン……「生きるのがツラい。もう嫌だ」ねェ……、イヒヒヒヒヒヒ、ン、いや、笑ってねぇよ。うるせぇな、笑ってねぇったら。

 

マァ、生きるのはツラい。そりゃあそうさね。ツラいから生きてんだよ、俺たちゃあヨォ。おっ死んだらつれぇも何もなくなるサ。

 

最近じゃあ、ますます俗世ァ生きづらくなっちまった。もう嫌だっつうのもわかる話だ。しかも、「死にたい」と云やあドイツモコイツモ「死んだらだめだ」の一点張りときた。じゃあどうしろっつう話よな。

 

そのくせ、生きるのがツラいっつう悩みへの解決なんざ誰も教えてくれやしねぇ。誰も彼も口先だけの「死んだらだめ」としか言わねぇのさ。生きるも地獄、死ぬも地獄よ。今じゃあ「死ぬ」とも軽く言えやしねぇ。

 

……ところで、俺は最近落語っつうのに興味が出てきてナァ、ちょいと聞いてみたのよ。何をって? そりゃあお前、「死神」だよ、古典のな。

 

この落語の主人公の男ってなぁ、結構なダメ人間でなァ。借金こさえて女房に家から追い出されちまった。行く当てもねぇし、男はいっそ死ぬかと考えるんだ。

 

だがなぁ、どうも聞いてみりゃあ、ヤレ入水は苦しいから嫌だ、と。聞いてるこっちからしてみりゃあ、コイツ、本当に死ぬ気があんのかって話サ。

 

でも、正直俺ァ、そんくらいでいいんじゃねぇかって思うわけヨ。誰も彼も肩肘張って、ツラいツライ言いながら涙流して必死に生きて、そんで最後にゃあ、一体何が残るってんだい。

 

もっと力抜いて生きてみろよ。生きる死ぬだって適当でいいのさ。生きるナァ苦しいが死ぬのは怖い。だったら生きりゃあいいじゃねぇか。そんでも死にてぇなら勝手に死にな。誰に気にすることもねぇさ。手前の人生は手前のもんさね。

 

お、そうだ。これでも読んでみろよ、ちいとは気が楽になるぜ。立川談慶っつう落語家の書いた『落語に学ぶ粗忽者の思考』ってやつさ。

 

落語ってナァおもしれぇもんよな。出てくるナァ誰も彼もダメ人間や間抜けばかりだ。今の世の中じゃあ、間違いなく馬鹿にされて爪弾きもんだろうよ。

 

だが、落語の世界じゃあ、そういう奴等こそがおもしろいのさ。世間があっと驚くような考え方してやがる。常識に囚われないから、馬鹿でも転じて賢くなるのさ。

 

だが、何よりそいつらが凄ェのは、笑いを取ってるからだよな。そいつらの馬鹿な話や失敗を聞いて、観客はゲラゲラ笑いやがるのよ。

 

今の奴らは笑われることを嫌ってるがね、いいことじゃねぇか。人を笑わせるってナァ狙ってするにゃあ難しい。だが、笑いのねェ世の中なんざ、世知辛くてかないやしねェ。

 

落語ってナァよお、世の中よ。世の中に生きる、人間のことを話してンのさ。そいつァ江戸時代だろうが令和だろうが変わっちゃあいねェよ。

 

もっと気楽に生きようぜ。失敗して、笑われて、死にてぇ死にてぇ言いながら生きりゃあいいさ。頭いい連中から学ぶことなんざ何もねェよ。本当に大事なことは馬鹿から学ぶのさ。ナァ、そうだろ。

 

……アァ? ちなみに俺がどんだけ落語通かって。「死神」ひとつしか見たことねぇよ。動画でチョチョイと一時間、便利な世の中になったモンだよなァ。

 

おっといけねぇ、にわかがバレた。こいつがまさしく「語るに落ちる」ってナ。おあとがよろしいようで。

 

 

粗忽者から学ぶ

 

最近、なんだか生き苦しさを感じることはありませんか。義理人情や、礼節や人としての優しさなどが置き去りにされている気がしてなりません。

 

本書は、近年ますます世知辛くなっていく世の中に、ブレーキが少しでもかかることを願って執筆しました。あまりにも画一化され、そこから少しでも外れた人は生きづらい方向へと押し出されてしまう。そんな風潮に、私は危機感を抱いています。

 

江戸庶民の社会は、現代よりもはるかに「多様性を許し、少数派さえも優しく受け入れる社会」でした。つまり「はみだし者や”弱者”でも、息苦しくない社会だった」と思われるのです。

 

「立派に生きるべき」「何者かになるべき」、こんな思い込みは、もう手放していきましょう。今のあなたのまま、心穏やかに生きていくための了見を、落語の登場人物たちを引き合いに出しながらお伝えしたいと思います。

 

本書を展開する軸として、私は「粗忽者」といキャラクターを選びました。「粗忽者」には「慌て者」「そそっかしい人」という意味があります。

 

「粗忽者」というキャラクターが、江戸と、私たちの生きる現代の橋渡しをしてくれる存在のように思えてなりません。さあ、ページをめくって、あなたも「江戸の風」に身を委ねてみてください。

 

 

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