断捨離を学んでミニマリストに『ぼくたちに、モノは必要ない。』佐々木典士


 幼い頃、私は誓った。この世にあるすべてを手に入れよう。そうすれば、きっと私は幸せになれるから。

 

 

 そして、今、私の夢は叶った。世界に戦いを挑んだ私は、見事に勝利し、この世のすべてを手に入れた。金も、権力も、力も。世界を掌握し、支配した。

 

 

 今や、この世界で私の思い通りにならないことはない。欲しいものはすべて手に入る。気に入らないものはすぐに処分する。どんなことをしても、私を咎められる者はいない。

 

 

 しかし、だからこそ、私はわからなかった。自分の心にある、どこか腑に落ちないような奇妙な不満が。

 

 

 何が欲しいというわけではないのだ。欲しいものは求めればすぐに手に入るのだから。違う、何が足りないというわけでもない。それでも、なぜか心の奥を掻き毟りたくなるのだ。

 

 

「それがどうしてだか、わかるか?」

 

 

 聞いてみても、誰もが首をひねった。私の次に賢いと言われている学者ですら、わからないようだった。

 

 

 その答えは、ひとりの老人は教えてくれた。彼はいかにも貧相な身なりで、痩せこけていた。

 

 

「それは病ですよ、病」

 

 

 驚くことに彼は私を病気だと言った。老いすら克服した私にとって、病とはすでに怖れるものではなかったからだ。

 

 

 最高の医者を呼びつけて、診させたが、まるで健康体だということだった。そう伝えても、老人は、なおも病だと言い張る。

 

 

「ええ、ええ、病ですよ。医者がわからないのは当然です。彼らは何でも持っていますから」

 

 

「どういうことだ?」

 

 

「それはウイルスでもなければ、医者にわかる類いのものではありません。しかし、誰の目にも見えるのです」

 

 

「教えろ。それはなんだ」

 

 

「それは『モノ』です」

 

 

 多くのモノを病気のように持っているからこそ、あなたは不満を感じているのです。彼はそう言った。

 

 

 理解ができなかった。何でも手に入るというのは幸せなことだ。今後、何かが欲しいと困ることはない。それなのに、老人は不満のもとがそこにあるのだという。

 

 

「自分の持っていないモノを手に入れた時、あなたは嬉しくありませんでしたか?」

 

 

 そんなの、嬉しかったに決まっている。モノを集めるのは至上の喜びだった。しかし、いつからだろう、それが感じなくなったのは。

 

 

「あなたはすべてのモノを手に入れた。だったら、今後あなたはモノを手に入れることの喜びを感じられないということです」

 

 

 私は目を見開いた。たしかにそうだ。夢を叶えたその瞬間から、私の人生から喜びが消えたのだ。

 

 

 しかし、それでは、どうすればいいというのか。私が呟くと、老人はにやりと笑う。

 

 

「簡単です。捨てればいいではないですか」

 

 

「なんだと」

 

 

 私は激怒した。それは、私の今までの努力を無駄にするということではないのか。夢を叶えた途端、それを捨てろとでも。

 

 

「こうもモノで溢れていては、何も見ることはできません。しかし、減らしていけば、あなたが本当に大切なものが見つかるでしょう」

 

 

「私の、大切なもの」

 

 

 老人はこくりと頷く。思わず呟いた私の言葉を、呑み込んでいるかのようだった。

 

 

「あなたは夢を叶えるために頑張ってきました。素晴らしいことです。では、あなたの夢は、この世のすべてのモノを手に入れることでしょうか」

 

 

「そうだ」

 

 

「本当に? モノを手に入れた先に、あなたは何を見ていたのですか?」

 

 

 私は、私の本当の夢は。そう、モノを手に入れて、そう、ああ、そうだ、私は『この世のすべてのモノを手に入れて幸せになろうとしていた』のだ。

 

 

「それで、あなたは今、幸せですか?」

 

 

 言葉は出なかった。しかし、それこそが私の雄弁な言葉だろう。幸せになれるはずだった。それなのに、幸福だとは少しも思わなかった。

 

 

 それどころか、モノを手に入れるたびに、私の中の渇望は膨れ上がっていった。どれだけ欲望を満たそうとしても、その渇きを癒すことはできなかった。

 

 

「あなたはすべてのモノを手に入れたわけではありません。だって、あなたは『幸せ』を手に入れてないじゃないですか」

 

 

 老人の言葉に、はっと目を見開いた。黙り込んだ私に、老人は、一冊の本を差し出した。

 

 

「これをどうぞ。参考に、なるかと」

 

 

 『ぼくたちに、モノは必要ない』。それがその本のタイトルだった。

 

 

幸せになるための方法

 

 モノが少ない、幸せがある。だから、ぼくたちに、もうモノは必要ない。

 

 

 ぼくはモノが少ないことの素晴らしさを、この本で伝えたい。今の「幸せのお手本」はまるで逆だ。とにかくたくさん持つほど幸せにつながる、将来のためにできるだけ蓄える。

 

 

 モノを買うのでも、なんでもお金で解決できるから、次第に人を持っているお金で判断するようになる。

 

 

 結婚もしておらず、いい年の割に対したお金も持っていない。ぼくのことを、この負け犬が! と思う人もいるだろう。

 

 

 以前のぼくなら恥ずかしくて人に言えなかったが、今は、かなりどうでもいい。なぜかは簡単で、こんなぼくでも、充分幸せだからだ。

 

 

 持ちモノを自分に必要な最小限にする、ミニマリスト(最小限主義者)という生き方。その生き方を通して見えてきたのは、どう生きるか、「幸せ」を、自分の頭で考え直していくことだった。

 

 

 ぼくはモノをたくさん捨てた。そして今、毎日幸せを噛みしめながら、生きられるようになった。ぼくはモノを捨てることからスタートして、なぜか前より幸せを感じている。

 

 

 誰しもが幸せになりたいと願い、生きている。一見不幸を選択しているように見えても本人にとっての幸せを追求した結果だ。人を突き動かしている根本のエネルギーは幸せを求めること。

 

 

 だがモノを持っていたぼくは、人と比べてばかりいて、みじめだった。自分はこの程度の人間だと、ただすべてに慣れていくことしかできなかった。

 

 

 モノを捨てて、本当に良かった。ぼくははっきりと、違う人間になり始めている。

 

 

 大袈裟に聞こえるかもしれない。ぼくはモノを捨てただけだ。だけど、ぼくはモノを少なくして、毎日幸せを感じられるようになった。幸せが何なのか、少しずつわかり始めてきている。

 

 

 自分のことを不幸だと思っている人にはモノから一度離れてみることがおすすめだ。

 

 

 誰しもが幸せになりたいと願っている。だが、そう願って手にしたモノは、ほんのわずかの間しかぼくたちを幸せにしてくれない。ぼくたちは幸せについて、あまりに無知である。

 

 

 増えすぎたモノを減らすことは、幸せについてもう一度、考えてみること。これも大袈裟に聞こえるだろうか。けれど、ぼくは本気でそう思っている。

 

 

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