思春期にも、大人にも『モヤモヤしている女の子のための読書案内』堀越英美


黒い靄が、胸の内にあった。友達とのこと。退屈な学校の授業。上手くいかない恋愛。口うるさい親。鳴りやまないケータイ。自分自身の将来。いろいろなことが、自分の中で渦巻いてひとつの黒い靄になっている。

何をする時でも、私の中にはその黒い靄がずっといるのだ。それはいくら無視しようとしても、無視できない。時には私に囁いて、時には私の陰口を叩く。

まるでナイフで切りつけたかのような切り傷、そのじわじわと迫る痛みが、ずっと胸の奥で疼いていた。それが黒い靄のせいなのだと、私は知っている。

昔はいなかったはずなのに、いつからそこにいたのだろう。子どもの頃の私はどうやって生きていたのだろうか。今はもう、何も思い出せない。

解放されたかった、この苦しみから。黒い靄から。でも、いったいどうすればいいのだろう。いっそのこと、誰かに気付いてほしい。でも、誰にも知られたくなかった。

そんな気持ちを無視して、明るく振舞うことにはもう慣れた。もうボロボロになってしまった笑顔の仮面。いつも、制服のリボンを付けた後、鏡の前でそれを被る。

そんな頃だった。先生の何気なく言った言葉。たぶん、私に言ったわけではないのだろう。ただ、その時は、その言葉が自分に向けられたように、不思議と感じられたのだ。

「本を読みなさい」

そもそも、私はあまり本は読まない。本は嫌いじゃなかった。でも、本を読んでいるとガリベンみたいにからかわれるのが嫌なのだ。だから、図書室に来たのは久しぶりのことだった。

とはいえ、そもそも何の本を読めばいいのか。日頃から本を読んでいない私には、図書室の静かな雰囲気が、棚に並んだ無数の本が、どこか私を拒絶しているように感じられて居心地が悪い。

受付カウンターでは、うつらうつらとしている図書委員の子の姿があった。彼女の視線が、ちらと私に向けられて、すぐに逸らされる。

私は帰りたくなった。図書室の全てが、私を拒絶しているかのようだった。私はその視線から逃れるように、図書室の本棚を夢遊病者みたいにうろついた。

ふと、図書室の一角に目が留まる。そこは、窓から日も差さない、小さな暗がりだった。図書室のどこか敷居の高い雰囲気も図書委員の視線もない、たったひとりぼっちの場所。

私にはその寂しい場所が、自分のための場所のように思えた。その場所に身体を押し込んで、本を物色するふりをしながら、私は気を落ち着ける。

本棚を虚心のままに眺めていると、一冊の本が目に入った。その背表紙を引き出して、表紙をぼんやりと覗き込んでみる。

それは、『モヤモヤしている女の子のための読書案内』という本だった。著者は堀越英美さんという人。知らない人だったけれど、その時の私には、むしろ親しい友人のようにも感じられた。

モヤモヤ。私の心の中にある黒い靄。もしかすると、この本の中にこそ、この靄を払う本が書かれているかもしれない。そう思って、私はその本を読んでみることに決めた。

目次を見ただけでも、いろんな悩み、いろんな本が紹介されているらしい。その中にはいくつか、私の胸に渦巻いている悩みもあった。

もちろんというか、知らないタイトルが多かった。『風と共に去りぬ』くらいなら聞いたことはあるけれど、ほとんどはサッパリだ。

でも、その本が悩みに対してどんなきっかけをもたらしてくれるのか、わかりやすく解説してくれているから、何も知らなくても理解しやすかった。

その本を閉じて、図書室の中を見回す。さっきまではだだ広い大海のようにつかみどころのなく見えていた本棚が、今は自分の手に届くもののように思えた。

空間に満ちた静謐は、今はもう、私を拒絶しない。それが私には嬉しかった。さて、目的の本は、どこにあるのだろうか。無数の本棚から求める本を探すのは、さながら宝探しのような面白さがあった。

私の右手には、『モヤモヤしている女の子のための読書案内』が握られている。これが、この大海を渡るための、私の地図だ。

悩みを抱えた女の子のために

マンガ、アニメ、スマホ、ゲームなど、キラキラした楽しい娯楽があふれる現代において、なんだって本なんて地味なものを読む必要があるのでしょう?

私が考える本の良さ、それは「すごくたくさんある」ということです。これほど数があれば、思いを分かち合える本、未知の価値観を教えてくれる本だって、きっとどこかにはあるはずなのです。

学校で堂々と楽しめるという点も、他のメディアにはない良さです。もし人に打ち明けづらいモヤモヤを抱えているなら、多様な価値観に触れられる本は、心の整理整頓に役立つでしょう。

一方、本というメディアの厄介さは、その関わりが非常に個人的すぎるという点にあります。今の自分にちょうどぴったり合った本を探すのは至難の業です。

ブックガイドはどうでしょうか。大人がおすすめする本は、若い頃のその人にとっては運命の本であったとしても、現代の10代の心に触れるとは限りません。

しかし学校や人間関係のモヤモヤを聞かされた時、モヤモヤを言語化するヒントになりそうな本を紹介すると、思いのほか食いつきがよいのです。というわけで、本書は思春期女子のモヤモヤ別に、本を探せるようにしました。

いい子のふりをすることにうんざりしている女の子が手に取ってくれることを願っています。

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