少女教育の隠されたメッセージ『挑発する少女小説』斎藤美奈子


昔、本棚に収まっていた『あしながおじさん』を勝手に読んでいた時期がありました。ちょっと不気味なあしながおじさんの影に気圧されながらも、何より主人公のジュディに魅了されたのです。

 

そんなことを思い出したのは、斎藤美奈子先生の『挑発する少女小説』を読んだからでした。『アルプスの少女ハイジ』『若草物語』『小公女』『秘密の花園』そして、『あしながおじさん』。

 

思えば、子どもの頃から私はそういった「少女小説」が好きでした。彼女たちの男性よりも逞しく、かっこいい姿に憧れていたのです。

 

最近になって、また読みたくなって、いくつかの作品を読み直してみました。ウウン、おもしろい。大人になってから読むと、かつて読んだ頃とは違うことがまた見えてきて、久しぶりに楽しい時間を過ごしました。

 

一方で、『挑発する少女小説』を読んだ後になると、それらの作品はまた違った視点で見えてきます。それらの作品に込められた作者からのメッセージ。

 

「少女小説」は女性教育のために書かれた本でした。つまり、「良き妻、良き母」になるための本というわけです。しかし、それは男性の視点だけで見た、「都合のいい女性」の姿でしかありません。

 

一躍人気を博した「少女小説」の主人公たちは、彼らの望み通りにはいかなかった。おてんばで、言うことを聞かず、男性にとっての「理想の女性」とはほど遠い。

 

しかし、そんな彼女たちはとても魅力的です。つまらない「従順な女性」なんかじゃない。だからこそ、それらの「少女小説」は大きな人気を獲得することになったのでしょう。

 

そこには、「社会の求める女性像なんかに縛られないで、自由に生きて」という作者からの温かいメッセージが感じられます。

 

男女平等が叫ばれている現代ですら、女性の地位はまだまだ侮られている。ましてや、それらの作品が書かれた時代ともなれば、一層厳しい目があったことでしょう。女性の台頭を怖れた男性の目が、そこら中にあった。

 

彼女たちはずっと闘ってきたのです。「女」という枠に少女たちを閉じ込める社会から、男性たちから。少女小説に込められたメッセージも、その啓蒙のひとつであったのでしょう。

 

社会からの非難にも負けず声を上げ続けてきた多くの女性たちの勇気があったからこそ、現代がある。少女小説は、彼女たちの後ろに間違いなく立ち並んでいるのです。

 

まだまだ、女性がより正しい目で見られているとは言いがたい。今も男尊女卑は至るところにある。社会はまだ変わり始めたばかりです。

 

『挑発する少女小説』を読んで、私はより一層、少女小説が大好きになりました。そこには、少女たちに向けられた作者の願いと、自由へのメッセージがある。

 

社会の風潮のせいで大っぴらに叫ぶことができなかったその願いを、彼女たちは、魅力的な物語に乗せて伝えようとしたのです。

 

それらの作品が、どうして現代にも愛されているのか。その理由、わかるような気がする。未だに、社会には根強く「女」という枠組みが残っているのですから。

 

願わくば、より多くの少女たちが、ハイジや、アンや、ジュディのように、逞しく、そしてかっこよく、自由に振舞うことができる社会になりますように。

 

思い出したら、また読み返したくなってきました。『赤毛のアン』でも読もうかしら。ああでも、『小公女』もいいなあ。ウウン、悩ましい……。

 

 

少女たちに向けて

 

子どもの頃、少女が活躍する物語に夢中になったことがないでしょうか。『若草物語』とか『赤毛のアン』とか『あしながおじさん』とかの類いです。このような作品を本書では「少女小説」と呼ぶことにします。

 

少女小説は、広い意味での児童文学に含まれますが、文学史的には「家庭小説」と呼ばれるジャンルに属します。家庭小説は、家庭を主な活動の場とし、家庭人となることを期待された少女のためのジャンルとして発展しました。

 

家庭小説とはつまり、よき家庭婦人を育てるための良妻賢母の製造装置だったわけです。だとすると、要するに私たちは大人の陰謀に乗せられたのでしょうか。まあ、そういうことです。

 

とはいえ、大人の陰謀にも限界があります。読者である子どもたち自身がおもしろいと思わなければ、それらは生き残れません。その点、本書で取り上げた九冊はいずれもロングセラーであり、二一世紀の現在も愛され続けています。

 

というわけで、こうした翻訳少女小説をあらためて読み直してみたのが本書です。人気の高い翻訳少女小説には、いくつかの共通した特徴が見つかります。

 

 

1.主人公はみな「おてんば」な少女である。

 

2.主人公の多くは「みなしご」である。

 

3.友情が恋愛を凌駕する世界である。

 

4.少女期からの「卒業」が仕込まれている。

 

 

大人になって読む少女小説は、子どもの頃には気付かなかった発見に満ちています。かつて少女小説に親しんだ方も、そうでない方も、この機に少女小説の魅力を思い出していただければ、筆者としてそれ以上の喜びはありません。

 

 

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