廃墟で見つかった不可解な遺体の驚愕の真実『puzzle』恩田陸


廃墟というものは、どうしてこんなにも心を惹きつけるのだろう。穴が開いて空が覗く天井を見上げる。どことなく湧きあがる寂寥感と、世界に自分しかいないかのような孤独。あるいは、それは「死」という概念そのもののような気さえしてくる。

 

廃墟にぼうっと佇んでいて、ふと、思い出したのは、恩田陸という作家の書いた『puzzle』という作品だった。あっという間に読み終わるような短い作品だけど、その中は謎に満ちている。

 

検事である春と志土が訪れたのは、廃墟マニアに人気の島だった。どうして二人がその島に来ることになったかというと、身元不明の遺体が見つかったからだ。それも、三人。

 

ひとりは学校の体育館で発見された。死因は飢餓による衰弱。彼は志土の同級生で、彼が所持していた不可解な記事のコピーによって身元が判明したのだ。

 

二人目は、おそらく高いところから墜落したのだろうと思われた。しかし、その遺体があったのは高層ビルの屋上。その場所よりも高いところは見当たらない。いったいどうやって彼は落ちたというのか。

 

そして三人目は古い映画館の椅子に腰かけて亡くなっていた。死因は感電。周りに感電するようなものなんて、何もない。

 

いったい彼らに何があったのだろうか。殺人か、はたまた事故か。二人の検事が彼らの辿ったストーリーの結末を探る。そんな話だったはずだ。

 

この作品の、私が好きだったのは、その廃墟の描写だった。散らばった瓦礫の山。突き出した人形の腕。荒廃したその光景は、人から見捨てられた寂寥に満ちていて、だからこそ、奇妙な三人の遺体が際立っている。

 

彼らは何を意味しているとも知れない、まったく関係のない記事のコピーを持っている。「さまよえるオランダ人」「スタンリー・キューブリック」「新元号」「ボストンブラウンブレッド」

 

それらもまた、パズルのピースというわけだ。一見つながりのないそれらが、見捨てられた廃墟の島で一枚の絵として組み上がっていく。そうして出来上がる絵画には、何が描かれているというのだろう。

 

恩田陸先生の作品をいくつか読んできたのもあって、短いその作品はどこか物足りなくも感じる。しかし、その謎は長編のものと何ら劣ることのない、良質なミステリだった。

 

何よりも、廃墟という舞台が私は気に入った。読みながら、まるで私もそこを訪れているかのような錯覚に陥った。春と志土とともに、彼らの後ろをついて廃墟を旅していた。

 

謎が明らかになっていくところは、まさしくパズルを組み立てているかのよう。もうすでにピースは出揃っていた。予想すらできなかった真実だ。

 

ミステリの魅力は、読んでいる私自身も、ともに事件の真相を考えることができるというところにあるだろう。それはまさしく、作者からの挑戦状である。

 

私は今までその謎を解けたことがない。にもかかわらず、私が今もミステリが好きなのは、その真実があまりにも美しく、「してやられた!」という感覚を抱くからだ。

 

今まで不条理に思っていた要素すらも、まるで示し合わせられたかのようにピタリと合わさる。その快感があるからこそ、ミステリはやめられない。

 

廃墟もまた、同じだ。そこは謎に満ちている。廃墟の中にはすでに終わってしまったストーリーがあった。だからこそ、私はそれを読み解きたいと願うのだ。

 

 

三つの遺体の謎

 

浮かんでいる雲は多いけれども、空だけを見ているとお天気の部類に入らないこともない。だが、こうして俯き加減に歩いていると、憂鬱な曇り空にしか感じないのは初秋の肌寒さのせいだろうか。

 

小さな船から降り立つと、地面の堅さに面食らう。それまでずっと海上で揺られていたので、固定された地面というものを異質に感じるのだ。

 

四時間後に再び参ります、と制服を着た中年男性は丁寧に言い残してゆっくりと船を旋回させ、白い渦を引き連れて遠ざかっていった。

 

船着き場には、二人の男が残された。青年期を過ぎつつあり、そろそろ中年と呼ばれることへの抵抗がなくなってきている年代の男。

 

「それでは、事件の現場にご案内しよう」

 

黒田志土は薄手のハーフコートの裾を翻し、さっさと島の中に向かって歩き始めた。船着き場に取り残された形になった関根春は、後ろ髪を引かれるような表情を浮かべながらも、慌ててその後ろについていく。

 

「噂には聞いていたが、凄いところだな」

 

「以前から廃墟マニアには有名な場所だ。民間人の立ち入りは禁止されてるんだが、不法侵入は跡を絶たない。もっとも、三人の遺体が見つかってからは暫く警察が見張りをしていたが」

 

春は珍しそうに周囲をきょろきょろしながら志土の背中を追う。志土という変わった名前は同期の検事の中でも印象に残っていた。

 

冷たい風が頬に当たり、春は何気なく後ろを振り返った。一瞬、灰色の海原に放り出されたような恐怖を覚える。かすかに揺れる水平線は空の雲とどんより溶け合い、雲間から差し込む光が幼い日々の幻のように波の上を漂う。

 

この島に、今俺は志土と二人きりなのだ。この周囲二キロメートルの小さな島、コンクリートの堤防に囲まれた無機質な廃墟の島。

 

 

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