学校から帰ってすぐ、お母さんへの挨拶もなあなあに、私は自分の部屋のベッドに飛び込んでスマホを開いた。最近ハマっているゲームをするためだ。
「お、来たねー。今日もクエスト行っちゃう?」
チャットで声をかけてきたのは、いつも遊んでいる「タカ」さんだった。私がこのゲームを始めた最初の頃からの付き合いである。
とても優しい人で、始めたばかりで右も左もわからなかった私に、ゲームの上手いやり方やコツなんかをとても丁寧に教えてくれた私の先生だ。
このゲームを始めて彼と出会ったことで、私の人生はスマホを中心に回るようになった。ネット上の自分はリアルの私とは全然違うし、ネット上の友達は優しい人ばかり。
リアルは嫌いだった。昔から、学校も何ひとつ楽しくなかった。クラスメイトはうざいし、勉強は面倒くさい。私の唯一の居場所はネットの中だけ。彼らが一番の友達。そんなことすら思っている。
「ね、ね、今度さ、オフ会しようよ」
だけど、タカさんのその提案には、思わず文字を打つ手が止まってしまった。オフ会。リアルで会うってこと。警戒心がかすかに胸の内で首をもたげる。
最近、授業でやった気がする。なんだったかな。何か、そんなことについての本を読んだのだ。たしかタイトルは、『スマホで子どもが騙される』。元刑事の人が書いた本って言ってたっけ。
SNSで子どもが事件に巻き込まれるケースが増えている、とかいう内容だった。その原因は、子どもたち自身が自分から行動した結果、起こっている、のだと。
フィルターや使用制限で親が防ごうとしても、最近の子どもたちの方がスマホは熟知している。取り上げようとしても、もはやスマホは日常の必須ツールと化しているからできない。
けれど、子どもは大人ほど警戒心が強くない。だから、甘言には抗えず乗ってしまう。そうしてまたひとつ、事件が起こるのだ。
それは全て、「子どもが自分から行動する」ことから端を発している。どうしてそうなるのかといえば、「子ども自身は相手を犯罪者だとは思っていないから」というのだ。
「ゲームやSNSで仲良くなったからといって、顔も本名も性別もわからない人間を信用しないようにしてください」って、先生は言ってたっけ。
見れば、タカさんのオフ会の呼びかけに、チームの人たちがぽつぽつと反応を返していた。「オフ会いいねー!」「どこでする?」「参加するよー」気付けば、私以外のみんなが参加の表明をしている。
これだけ参加している人がいれば、大丈夫だよね……。それに、彼らとの付き合いはそれなりに長い。顔も名前もわからなくても、性格はよく知っている。彼らが悪い人なわけがないじゃないか。
この空気の中で不参加っていうのも、空気を読んでいないし。最悪、チームから外されてしまうかもしれない。そんなことになったら、私はもう生きていけない。
「参加します」
私はぽちぽちと、チャットにそう打ち込んだ。「お、いいねー」「オフ会だー!」みんなが騒いでいるのを見て、私は思わずほっと頬を緩めた。
ほら、こんな陽気な人たちが悪人なわけがない。私は大丈夫だ。事件なんてものに巻き込まれるわけがないし。先生が脅すようなことを言ったから、気になっただけ。ああ、オフ会、楽しみだな。
子どもたちにスマホを正しく使わせるために
今、かつてないほど家でスマホやゲームをして遊ぶ子どもたちが増えています。2019年の警察庁の調査によると、SNSが原因で事件に巻き込まれた18歳未満の被害児童数は過去5年間で26.8%増え、過去最多の2095人となりました。
「子どもたちはなぜ、わざわざ犯罪者と接点を持つの?」こんなふうに思う親御さんも多いかもしれません。でもその理由はただ一つ、「犯罪者だとは思っていないから」。これにつきます。
子どもたちは、知らない人と会うことがリスクだという認識がないのです。もちろん、SNSを介して知り合う人すべてが悪人とは言いません。
しかし、子どもが、見ず知らずの人がいい人か悪い人かどうかなど、判断できるはずもありません。被害に遭うとわかっていながら知らない人と会う子どもはいません。でも、確実に、被害に遭っている子どもは増え続けているということを、まずは知っておきましょう。
今、リモート化が一気に進んでいます。学校でもオンライン授業が当たり前になってくるでしょう。その中で子どもに、スマホの利用禁止や抑制を促すことは不可能です。
だからこそ、スマホを持った時点で、どのようなリスクにさらされるのか、事前にスマホの危険性を正しく知る必要があります。
どんなに大人が制限をしたりブロックをしたりしても、最終的に画面をタップして、行動を起こしているのは子ども自身だということを忘れないでください。多くの事件は、子ども自身の”行動”が起こしているのです。
複雑なネット社会、SNSの危険性から子どもを守るためにはどうすればいいのでしょうか?
交通安全のルールを教えるように、ネット社会の安全ルールを教えてあげなければいけません。ただ、親がネットの危険性を明確に知らなければ、子どもに教えることはできません。
親がどんなに対策をしても、100%安全だと言い切れる対策はないと思ってください。もちろん子どもからスマホを取り上げたら安心、ということでもありません。それよりも、正しく使わせるほうがリスクは少ないと思っています。
もはやスマホは日常生活に欠かせないものになっています。大人がスマホを手放せなくなっているのに、子どもだからという理由で「スマホを使うな」と言えるでしょうか。
これからのネット社会を生きる子どもたちにスマホやゲームのネットリテラシーをどう育てていけばいいか――本書がその一助となれば幸いです。
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