「いや!」
顔をくしゃくしゃに歪めて、いや、いや、と繰り返す。ふっくらしている丸い頬を、大きな涙の粒が伝ってぽろぽろと零れ落ちていった。
ぎゃんぎゃん声をあげて泣く息子に、私はどうすればいいのかわからず、困り果てた。
子どもの高い声はよく通る。周りから向けられる視線に、顔が熱くなるほど恥ずかしくて仕方がなかった。
「ダメよ。泣いてもダメ」
私がわざと声を低くして冷たく言い放つと、息子の泣き声の大きさが大きくなった。けれど、ここで躾なければ我儘な子に育ってしまうかもしれない。心を鬼にする。
ねえ、お願いだから泣かないでよ。ゆらりと胸中に忍び寄るのは、「親としてダメなのかも」という不安と、泣き止まない息子への苛立ちだった。
泣き止まない。周りからの視線。我が子の泣き声。親としての自信。ままならないことへの苛立ち。
私がはっと気が付くと、自分の手が振り上げられるように上がっていることに気が付いた。私はその手を呆然と眺める。
だんだんと、顔から血の気が引いていった。私、今、何をしようとしたの。振り上げられたその手は、どこに向かって振り下ろされようとしていたんだろう。
我が子は今も泣き続けている。私は自分が恐ろしくなった。愛する我が子をもっとも傷つけるのは、私なのかもしれない。泣きたいのは、こっちだってのに。
「なるほどね、つまり、息子に手をあげそうになった、と」
目の前に座る女性は、私の相談を聞き終わると、ひとりごちるように頷いて、上品な仕草で紅茶を口にした。
彼女は私が慕っている女性である。ママ友のひとりで、別のママから紹介されて知り合った。
彼女と知り合ってまだそれほど長い時を過ごしたわけではないが、彼女がいろいろなことをよく知っていて、恐ろしいほど顔が広いことはわかった。怒らせると怖そうだ。
しかし、彼女自身はとても穏やかで優しい人だった。だからか、多くの人に慕われているし、もちろん、私もその一人だ。
私よりも年上のはずの若々しく美しい容姿は、とても二人の子どもを持つ母親には見えない。
「ど、どうすれば、いいんでしょうか、私は……親失格です」
悄然と肩を落とす私に、彼女はいつもと変わらない穏やかな微笑みで相対する。
「どうすればいい、と言われても、子に対する向き合い方は人によって違うわ。だって、子どもはそれぞれ違う性格をしているんだもの」
「そ、それは、そうですけど」
「それでもというなら、そうね……」
彼女は突然。ごそごそと抱えているバッグの中に手を入れて、何かを探し始めた。
なんだろうと思いながら眺めていると、彼女はカバンから一冊の本を取り出す。それを私に手渡してくれた。
「なんですか、これ」
その本には、『子どもの「いや」に困ったときに読む本』と書いてある。私は驚く。まさに今の私のようじゃないか。だったら、この中に私の解決策があるかもしれない。
「ひとつ、勘違いしてほしいことがあるの」
「な、なんですか」
彼女の言葉に、私はビビッて本を閉じる。しかし、彼女が口にした勘違いは意外なものだった。
「これは親のつらい心を解放してくれる本というわけじゃなくて、子どもがまっすぐ育つための本です」
だから、あなたの悩みを解決するかどうかは、あなた次第ということよ。わかったわね? 彼女の問いに、私はこくこくと頷く。
私次第。私は、彼女から渡された本を、じっと見つめた。どうにか、がんばってみよう。そう誓った。それぐらいの覚悟がなければ、子どもを育てることなんてできないのだから。
「いや」と叫ぶ子どもに
この本は今、乳幼児を育てている親御さんたちのために書きました。子どもの「いや」を前にして困惑してしまうことは、多くのママたちが体験しているところだと思います。
この本は「よい母になろうとしなくていい」という本ではありません。「しっかり育てようよ」という本です。
親の辛さはさておき、子どもの育ちという点を中心に、子どもがちゃんと育つために必要なことを書きました。
この本は、子どもたちが後に心理的問題を抱えて親子ともに苦しむことをできるだけ予防したいという想いから、書いたものです。
幼い年齢の子どもたちの暴力は感情のコントロールができないことによって生じますが、それは、親の顔を見ると安心するという関係性ができていないことから生じます。
この本では、乳幼児期に育てたい感情コントロールの力の基礎に焦点を当てて、Q&Aの形で具体的な場面での対応を示しました。
この本に示したことを知ることで、そして実行してみることで、子どもの反応が変わり、ママが「できるかも」と実感を持つことが、子どもの健やかな成長にきっと役立つと思います。
本書を通して、子どもをしつけるということはどういうことなのかということをつかんでいただけることを祈っています。それはそのまま小学校以降の子育てにおいても応用できることです。
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