思春期の心との向き合い方『10代の子をもつ親が知っておきたいこと』水島広子


 いったい、どうすればいいのだろう。私の右手から、電話が抜け落ちて床に落ちた。

 

 

 私はふと、視線をタンスの上に向けた。その上に並べられた写真立ての中の写真を眺める。

 

 

 そこには、天使のような満面の笑顔を浮かべる愛しい息子の姿があった。その顔がうっすらとぼやけたかと思えば、雫が私の頬を伝って、顎から落ちていった。

 

 

 ふくふくとダイフクのような真ん丸な顔。かわいらしかったその顔は、中学生になった今、面長になって、親の贔屓目なしでもかっこよくなったと思う。

 

 

 働きながら、必死で育ててきた。数えきれないほどたくさんの苦労があったし、幸せなこともたくさんあった。

 

 

 大切に、大切に、育ててきたはずだ。苦労をひとつ乗り越えるたび、私と息子の絆は深くなっていったはずだった。

 

 

 けれど、今はもう、私にはあの子が理解できない。こうなってしまったのは、あの子が中学生になってからのことだった。

 

 

 学校から電話があった。すぐに来てください、とのことだ。息子が、クラスメイトに暴力を働いたのだという。

 

 

 学校に呼び出されるのも、もう三回目だった。一度目は盗み。二度目は授業のサボり。そして三度目、とうとう暴行にまで。

 

 

 中学に入って、息子は変わってしまった。友達のせい? 先生のせい? あの子が悪いの? それとも、私のせい?

 

 

 制服を着崩し、髪を金色に染めて、耳にピアス、凶暴な顔をして荒々しい言葉を吐くあの子が、写真立ての中にいる息子と同じだとは、とても思えなかった。

 

 

 息子は授業をさぼり、暴力をふるうようになった。悪い友達とつるみ、髪を金髪に染めて、注意すると暴言を吐いてくる。

 

 

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。私はどこかで、間違えてしまったのだろうか。

 

 

 行かなくてはいけない。学校に。そうは思っても、身体が動かなかった。もうあの子のことが、私にはわかりそうにもなかった。

 

 

 誰か、誰か教えて。私はいったい、どうすればいいの。どうすれば、あの子が、もとの優しい子に戻ってくれるの。

 

 

 救いを求めるように視線を泳がせると、ふと、一冊の本が目に入った。私はのろのろと、その本を手に取る。

 

 

 それは、まだあの子が小さかった頃に買った本だった。いずれ必要になるからって。『10代の子を持つ親が知っておきたいこと』。

 

 

 黙々と、読み耽る。薄暗い部屋に、時計の針の音だけが響いていた。ページをめくる。

 

 

 買ったばかりの頃は、買ってみたもののあの子はまだ小さくて、内容もあまり頭に入ってこなかった。

 

 

 けれど、今はまるですんなりと溶けていくように頭に染みこんでくる。それこそが、あの子の問題を解決してくれるのだと、私はいつしか、確信していた。

 

 

 読み終わって、本を閉じた。時計を見て、ああ、行かなきゃと思い出す。慌てて身支度を始めた。

 

 

 その本は、誰が悪いとも教えてくれたわけじゃない。そして、その変化が悪いことだとも、書かれてはいなかった。

 

 

 ただ、あの子も苦しんでいるのだと。そう書かれていた。そうとわかれば、私のするべきことは、ひとつだ。

 

 

 身支度をしながら、あの子のことを考える。金髪になって、身体も大きくなったあの子のことを。

 

 

 あの子が変わってしまったと思っていた。どうすれば、あの子が元に戻ってくれるんだろうと思っていた。

 

 

 違った。変わったのはあの子じゃない。あの子を見る、周りの大人たちの目が変わったのだ。

 

 

 私の中でのあの子は、いつまでも写真立ての中の小さい姿のままだった。だからこそ、大きくなったあの子に、私はどうすればいいのかわからなくなっていた。

 

 

 あの子はいつまでも、あの子なのに。それは、あの子が歩んできた「成長」だ。それを、私は認めようとせず、否定し続けた。

 

 

そしてその否定を、あの子に押しつけたのだ。あの子は成長した自分を見せようとしている。「今の僕を見て」と、私に叫んでいる。

 

 

 私は扉を開けて、外に出た。薄暗い部屋に、日差しが差し込む。そうだ、私は母親なんだ。

 

 

 どんなになっても、あの子は私の息子だ。愛していることに変わりはない。でも、もうあの子は私に手を引っ張られるだけの子どもじゃなくなったんだ。

 

 

 だから、これからは、あの子と並んで、歩いていこう。あの子の成長を見守る。それがきっと、母親としての、私の役目だから。

 

 

反抗期の子どもと向き合う

 

 10代は、よく「難しい年頃」と言われることからもわかるように、どんな親にとってもある程度の覚悟が必要な時期です。心の病や、さまざまな問題行動が起こりやすい時期でもあります。

 

 

 10代は重要な時期ですから、本来は周囲の大人が関わり方を理解して対応していく必要があるのですが、大人の不安を煽るようなことがいろいろと起こりますので、大人の側は逆に方向を見失いがちな時期でもあります。

 

 

 10代の子どもと関わる上でもっとも大切なことは、実は非常にシンプルだと私は思っています。ポイントとなるのは、「自尊心」と「コミュニケーション力」です。

 

 

 本書では、「自尊心」と「コミュニケーション力」に特に注目して、さまざまな状況におけるその育て方をお伝えしていきます。

 

 

 親が子どもに確実に残してあげられるものは、「自尊心」と、「コミュニケーション力」こそが一生の財産ということになるのではないかと思います。

 

 

 私自身も10代の子どもを持つ母親ですので、親の不完全さはよくわかっています。本書をくれぐれも完璧主義的に「こうすべき」と読まないでいただきたいと思います。

 

 

 本書によって、皆さまの親子関係がより豊かなものになることを心から祈っております。

 

 

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