昔から、物語を書くことが好きだった。いつかは書籍として出版し、みんなに読んでもらいたいと切に願っていた。だが、それまでには大きな壁がある。出版社という壁が。
私は自分の作品が万人に受けるような作風ではないことを自覚していた。いや、それどころか、非難囂々浴びても仕方のないような代物であるとすら思っている。
そんなものを出版社は果たして受け取ってくれるか、いや、ない。彼らは本を出版して売るのが仕事だ。売れない本など彼らにとっては何の意味もなかろう。商売というのはすべからくそういうものである。
では、売れる本とは何か。それは、「今まさに売れている本」だ。流行しているジャンルを出せば、間違いなく売れる。だからこそ、世の中には似たような本が横溢することになる。
私は、それだけは嫌だった。流行に乗っかるような真似をするのは嫌いである。何より我慢ならないのは、もしも誰かプロに意見を求めた場合、作品を「直される」可能性があるということだった。
作品は自分自身の芸術である。他者から見れば未熟である点や、自分の目から見ても拙いところも含めて私自身の芸術なのだ。
それに他者の加筆が与えられることは、自分自身の作品を「みんなの作品」にすることと同義だった。それだけは、私には耐えられなかったのである。
だが、物語を書いて大成するのは私の悲願だった。それを成すには、いくら不本意であっても自分のプライドをかなぐり捨てて出版社へと持ち込むべきなのか。それとも、作家となる道を諦め、大人しく家で誰にも見られない物語を綴るだけにするのか。
悩み悩んだ私は、ある時、天啓とも言うべき一冊の本を発見した。それは、『電子書籍のつくり方・売り方』という本である。
電子書籍というものの存在を、私はおぼろげながら知っていた。なんでも、スマホで読むのに適した本であるのだとか。
言ってはなんだが、私が今まで電子書籍というものを見て見ぬふりをしていたのは、どこか見下していたところがあったからである。私は紙書籍信奉者であり、紙の質感、インクの香り、色褪せた紙があってこその「本」だと信じていた。
しかし、その本を読んで、私はその考えを改めなければいけないかもしれないと感じた。少なくとも、それが新しい時代の本として確かに主流となっているのだ。
電子書籍として出版する。それは、今まで私が考えたこともないような発想だった。だからこそ、稲妻が走ったかのような衝撃を受けた。
聞けば、今の時代、出版社に出すだけが本を出す手段というわけでもないのだという。本の市場はすでに、現実の本棚からネットの海へと戦場を移しているのだ。
出版社、電子書籍の製作者をはじめとして、果ては個人で本を出すことすらできる。それは、私にとってはまさに望むべく状況であった。
新しい時代。本はすでに時代に適応して姿を変えて、ネット社会に漂う電子と化した。それは誰にでも発信することができる、自由の海だ。
ここでならば、誰もが自分の好きなような芸術を追求することができる。他の誰のものでもない、自分自身の作品を書くことができるのだ。夢を求めて、私は電子の海に駆け出した。
新たな本の時代
2010年5月に日本でも発売された「iPad」の登場によって、「電子書籍」という言葉がさまざまなところで言われ、浸透し始めた。
というのは、iPadが日常のあらゆる場で「電子書籍」を閲覧する場を新たに提供できるデバイスであることは明白であったからだ。
さて、本書執筆の目的は、電子書籍の状況を概観することではない。
問題は、これまで出版社しか持ち得なかった「書籍をつくる」という仕事が、必ずしもそうではなくなってきたことだ。出版社自身が手掛けることはもちろん、電子書籍の製作業者も各種登場し、また、簡単なものであれば個人でもできるようになりつつある。
そこで本書では、実際にどうすれば電子書籍をつくることができるのか。関心を持つ人であれば、これまで電子書籍を制作したことのない人でも手順がわかることを主題としてまとめてみた。
私は、もともと携帯電話向けのコンテンツ事業を長らく経験してきたが、この中で得られた経験やノウハウを、少しでも多くの方に知っていただいて、読者が「電子書籍をつくる、売る」ことを実行するためのきっかけになれば、と考えている。
アマゾンやグーグルは、考え方を少し変えるだけで、世界マーケットへ向けて打って出る絶好のチャンスととらえることもできる。
そして今までの出版のように「出版するまでに全力」だったものが、これからは「まず出版してから育てる」と変化してくる。だからこそまず一歩踏み出して「電子出版してみる」ことが最大の価値になる。
電子書籍は、最初は大変だが一度つくり方を知ってしまえば、想像以上にスムーズにつくることができる。
この電子書籍の波をひとつのチャンスととらえ、読者が積極的に展開していく上で、本書が少しでも役立つならば、これ以上の喜びはない。
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