「孤独死ですって……かわいそうに、ねぇ……」
葬式に訪れた遠い親戚が、ひそひそと囁いている。彼女の視線は、ちらちらと私の方を向いていた。
ひとり暮らしの父が亡くなったのは、つい数日前のことだった。隣人が家を訪ねた時、誰もいない部屋で眠るように息を引き取った父の姿を見つけたという。
「せめて、誰かが……寄り添ってあげれば……」
葬式の厳かな雰囲気があるからこそ、その言葉を阻んでくれる喧騒はない。私の心に刺すような痛みが走る。
私は父が好きだった。その最期に寄り添えなかったことを悔やむ気持ちはある。けれど、何も知らない相手から父の最期を「かわいそう」だなんて言ってほしくはなかった。
父はむしろ、こうなることがわかっていたのではないだろうか。父が身体の調子を崩した時に実家に帰ろうとした私を、やんわりと引き留めた、その時から。もう父はいないから、私は想像するしかないけれど。
父は孤独な人だった。孤独とともにあり、孤独を愛する人だった。私がひとり立ちしてからは、父はますます孤独を自ら深めていった。
父がいつも読んでいた愛読書があった。『極上の孤独』という本である。父は孤独を厭わず、むしろ贅沢なこととして受け止めていた。
学生の頃はそんな父のことをちっとも理解できなかったけれど、今なら、少しは理解できる。
孤独になることは難しい。スマホなんてものがあるからなおさら。私たちはいつも人とつながっていて、絶とうとしても、彼らの方から近づいてくる。
ひとりにしてほしくても、世間はちっとも放っておいてなんてくれない。いかにもな善人面して、こちらが求めていないことをしてくるのだ。
ひとりでいれば、人間関係に心を砕く必要もないし、自分でなんでも選択できる自由がある。孤独であるからこそ得られるものもあるのだ。
それなのに、孤独であるというだけで悪いことのように扱って、まるで孤独を望む人なんていないと決めつけたかのような世間の風潮が、私にはどうにも受け入れがたかった。
今の私には、孤独を愛していた父の気持ちがわかるような気がする。最期の瞬間くらいは、ひとりで落ち着いたまま迎えたかったのかもしれない。
「孤独死なんてねぇ……」
囁いている彼女は、人に囲まれて最期の瞬間を迎えるのだろうか。けれど、それは果たして良いことと言えるのか。
スマホの普及によって、私たちはより多くのつながりを得られるようになった。夜の時間ですら、友人と話すことができる。
けれど、そんなつながりが深まれば深まるほど、どこか風の通り抜けるような虚しさが深くなっているような気がするのだ。
人とのつながりのために、私たちは自分を偽って、無理して笑い、好きなものを嫌いと吐き捨てて、友だちの顔色を見ながら生きている。
大人になってから思ったものだ。学生の頃の私は、どうしてあんなもののために必死になっていたのだろう、と。
そう考える時点で、私もまた、父に似ているということなのかもしれない。きっと、私の最期も父と似たようなものになるのだろう。それが、私には嫌ではなかった。
『極上の孤独』は、父に孤独の価値を教えてくれた本なのだという。「孤独」を厭う社会の風潮の中で、その本当の価値に気付くことができる人は多くない。
最期まで孤独を貫いた父に、私は手を合わす。他の人になんて言われようとも、私は孤独な父を誇りに思う。
孤独の価値
「孤独」をどう受け止めるか。人によってさまざまだが、「淋しい」「いやだ」「避けたい」という方が日本では多い気がする。
逆に、ある種の人たちは「孤高」「自由」「群れない」などを連想して「孤独」に惹かれ、一種の憧れすら抱く。私もその一人である。
私は幼くしてその愉しさを知ってしまった。誰に煩わされることなく、自分と向き合い、自分自身を知ることは、極上の時間であった。
ひとりの時間を孤独だと捉えず、自分と対面する時間だと思えば、汲めども尽きぬ、本当の自分を知ることになる。
自分はどう考えているのか、何がしたくて何をすべきか、何を選べばいいか、生き方が自ずと見えてくる。
孤独程、贅沢な愉楽はない。誰にも邪魔されない自由もある。群れず、媚びず、自分の姿勢を貫く。そんな成熟した人間だけが到達できる境地が「孤独」である。
孤独が嫌だからといって、表面的に他人に合わせて一緒にいることに意味があるのだろうか。
たしかに、自分のことを孤独で寂しい人間だと考えると、それがストレスになって寿命にも影響するかもしれない。
しかし、人間、誰もが最期はひとり。孤独を愉しむことを知っていれば、ひとりの時間が何物にも代えがたく、人生がより愉しくなると私は考えている。
「孤独死はかわいそう」「できれば孤独死は避けたい」
本当にそうだろうか。最期が他人から見て孤独死であったとしても、本人にとっては充実した素晴らしい人生だったかもしれないのである。
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