研究者たちが真剣に考える世紀の難問『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』大阪大学ショセキカプロジェクト


ドーナツといえば。真ん中に穴が開いたおいしいお菓子のことを言う。滅多におやつなんて買わないのに、今日に限ってふと衝動に惹かれて買ってみたのは、先日一冊の本を読んだからかもしれない。

 

『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』。大阪大学のプロジェクトとして書籍化されているらしい。本棚をぼんやりと眺めていると、タイトルに心惹かれて思わず手に取ってしまった。

 

私は「ドーナツを穴だけ残して食べる」という言葉を、ネットで見かけたオシャレな言い回しとして頭に残っていたけれど、なんとこの本は、いわゆるそんなジョークめいた方法を、偉い学者先生たちが真剣に考えてみる、というものである。

 

果たしてそんなことが可能なのか。学問なんてまったくの素人の私には見当がつかなかったけれど、さすがというべきか、読んでみると、こんな一見不可能な問題にも彼らはできないだなんて言わず、自分の分野でキッチリと取り組んでいる。

 

たとえば、工学の先生はまさしく文字通り穴を残す方法を考えた。穴の周りの生地を出来る限り薄く残すことを試みることで、その答えを出してみせている。まあその代わり、ドーナツはとても食べられる代物ではなくなったけれど。

 

美学なんてもっとユニークだ。まずはドーナツの存在そのものを疑っている。現実に存在しているドーナツとは別に、概念としてのドーナツがある。現実のドーナツは食べたらなくなるけれど、概念としてのドーナツはなくならない。

 

数学は無理じゃないかなとか思っていたけれど、実際には、数学は理屈さえ通っていればなんでも成り立つのだという。ドーナツに指を通し、四次元空間からドーナツを食べることで穴を残すという驚きの方法を編み出していた。

 

「ずるい!」と言いたくなる人もいるかもしれない。でも私は、読んでいて感心せざるを得なかった。そんな発想を思い浮かぶというのがスゴイと思う。

 

私としては、一番納得したのは数学の先生の論である。なるほどぉ、と思わず感心した。でも、一番好きなのは美学の、ドーナツの存在自体を疑う方法だった。

 

ドーナツはいわゆる、ありふれたものだ。生きていく中でドーナツを見たことがないという人はきっといないだろうし、ちょっと近場のコンビニにでも行けば、ほんの数百円ですぐに手に入る。

 

ドーナツといえば、あの形、という印象はどうしてもある。ドーナツ型と言われれば、「ああ、あんな感じね」とすぐに浮かんでくる。

 

そして、あの穴。ドーナツといえば、あの穴だ。でも、「穴だけ残して食べる」なんてのは到底不可能なことで、ジョークみたいなものとして楽しむにとどまっていた。

 

もしも私が人から聞かれたなら、「できるわけないじゃん」と一笑に付して終わりだろう。それでもしつこく聞いてこられたら、「うるせぇ!」と怒ってしまうほどかもしれない。

 

でも、彼らはそんなお遊びみたいなことを真剣に考え、その優れた頭脳で逃げずに明確な答えを出した。まずは、その姿勢に敬意を表したい。

 

一見すれば不可能なようなことにも、まずは四の五の言わずにやってみる。その前向きな姿勢が大切なのだと、この本は私に教えてくれた。

 

 

学問の醍醐味

 

常識を疑う。それは、大学教員が研究者として取り組んでいる学問にとって、もっとも根本にある姿勢です。これまで誰もが当たり前だと考えてきたことを覆していく点に、学問の醍醐味があります。学問はそのようにして発展してきたのです。

 

そう考えてみると、「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」という、一見したところ常識外れの問題も、「馬鹿げている」と一蹴することはできないのかもしれない。そんな気がしてきます。

 

だとすると、これは実は学問の力の見せどころではないのか。「ドーナツを穴だけ残して食べるには?」という問いに、学問の立場から取り組んだらどうなるのだろうか。

 

本書は、ちょっとした遊び心と、もう一方でそんなまじめな動機のもとで企画されました。ただし本書が扱うのは、「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」だけではありません。

 

穴だけ残すかどうかはさておき、「ドーナツの穴」だったり、あるいは「ドーナツ」それ自体を学問の世界から眺めるとなにが見えてくるのか。そんな問題に大阪大学の教員たちが挑戦する姿を、みなさんは本書で目にすることでしょう。

 

でも、本書で「ドーナツの穴」に取り組んでいる教員たちは、別に奇をてらってそんなことを言っているわけではありません。むしろ、学問の世界からドーナツを眺めてみるとどう見えるのか。そんな問題に本気で取り組んだ結果なのです。

 

「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」という難問に、大阪大学の誇る各分野の頭脳はどう応えるのか。「ドーナツの穴」を学問するとどうなるのか。なるほどと驚かされるもの、納得できないものなど、いろいろな出会いがあるものと思います。

 

「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」は、本書を読んでいただければわかるように、答えはひとつではありません。本書を読みながらぜひ自分なりの「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」について考えてみてください。

 

さあ、「ドーナツの穴」の世界にようこそ。

 

 

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