心理学からのアドバイス『勉強法が変わる本』市川伸一


眠い目を無理やりこじ開けて、暗闇の中、無心で文字を書き続ける。墾田永年私財法、墾田永年私財法、墾田永年私財法。読めないほど小さな文字が紙上を食らい尽くしていく様を、私はどこか楽しみながら眺めていた。

 

勉強は嫌いだった。小学生の頃、自分で調整できる自習の宿題を、何ひとつやっていなかったのはクラスで私だけだった。みんなの前で怒られたのを、今でも納得していない。自習なんだから、やらないことの何が悪いの?

 

とはいえ、たぶん、自分で言うのもなんだけど、私は頭が悪いわけじゃない。小学生の頃は勉強なんてしなくてもほとんどの問題は理解できた。中学生の頃にも、それなり。

 

それが、高校生になると具合が変わった。数学は訳がわからない。代数とか入ってくるともうダメ。英語もチンプンカンプンで、見るだけでお腹が痛くなる。

 

成績は見る間に落ちていって、あっという間にどん底。テストを見た親が絶句していた。さすがに、私の胸中にも危機感が湧き始める。

 

勉強しなければ。そう思った私は、珍しくやる気になった。テストの前日、寝る間も惜しんで、ただ黙々と、文字を無心で紙に書いていく。

 

とにかく同じ言葉を覚えるまで繰り返す。時間をかければかけるほど、覚えられるはず。答えさえ丸暗記できれば、問題なんてもらったも同然。そう思っていた。

 

だからこそ、いざテストに臨んで、何もわからないという現実に直面した時、私はどうすればいいのかわからなかったのだ。テストは惨憺たる結果だった。

 

ふと、そんな時、テレビから何か、音が聞こえた。これは、そう、ドラマの『ドラゴン桜』だ。そういえば昔、一時期だけ見たことがあった。

 

自分の部屋に帰った私は、机の上に乱雑に散らばった紙束を見つめる。小さな字でびっしりと、ほとんど真っ黒になった紙。それは全部無意味だったのか。

 

『ドラゴン桜』を思い出す。いや、そもそも、やり方そのものを、間違えていたんじゃないのか。そのことに、私は思い至った。

 

翌日、図書室で一冊の本を借りる。『勉強法が変わる本』というタイトルだった。さっそく、私はその本のページをめくる。

 

どうやら、その本は、心理学、中でも「認知心理学」というものを使った勉強のやり方を伝える、という内容であるらしい。

 

英語や数学、漢字、小論文といった各教科について、具体的な問題の例を用いて解説してくれている。そのおかげか、私でもわかりやすかった。

 

でも、そこに書かれている例題を、すっかり真似しようとは、思えない。というのは、こんなことが書かれているのを見つけたからである。

 

『たまたま一冊の本を読んで信じ込まない方がいい』

 

まさか、本の中に、その本自体の信頼性を疑わせるようなことを書くなんて。私は驚いた。けれど、だからこそ逆に、私はこの本に書かれている勉強法を信じてみることにした。

 

どうして私が勉強が嫌いなのか。学校の教師も、教科書も、「これが正しい」と言う。それが、昔から私には、正しさを押し付けているようにしか見えなかった。その姿勢が、たまらなく嫌いだったのだ。

 

結果主義、暗記主義、長時間主義。従来、効果があると言われたその勉強法は、正しくないのだという。そんなこと、教師は誰も教えてくれなかった。

 

いつしか、私は霧中で読みふけっていた。新たなことを学びたい。そんな欲求が、胸の内に湧きだしてくる。今なら、勉強が好きになれるような気がした。

 

 

認知心理学から見た勉強

 

世の中に勉強の仕方について書かれた本は多い。この本は、勉強法の紹介本と似たようなことを扱っているが、かなり違うところがある。現代の心理学における基本的な考え方を紹介しながら、勉強法について考え直してみようという本なのである。

 

学習についての科学というのは、聞いたことがないという人がほとんどかもしれない。一般の人は「心の悩み」の相談に乗るカウンセラーがイコール心理学者だと思っている人も多い。

 

ところが、人間の心の働きは他にもいろいろあり、幅広く研究されているのだ。とりわけ、人間の学習、記憶、思考、言語などについて扱っている分野は「認知心理学」と呼ばれている。

 

君たちが日常生活で行っているような勉強をはじめとした、さまざまな学習について、直接考えるヒントを提供できるのは、やはり認知心理学が一番近いのではないかと思う。あくまでも、学習の仕組みについての基本的な考え方が役に立つということである。

 

勉強法に関する本の長所・短所を、親や教師に向けてではなく、高校生に直接伝えたいと思ってこの本を書くことになった。学ぶ立場にある人に認知心理学の考え方を知ってもらうことが、学習の改善への近道だと思ったからである。

 

この本は、君たちがかなりのエネルギーを注ぐことになる勉強を、いかに有意義なものにし、社会でも生かせる学力を身につけるかということを考えるためのきっかけである。

 

この本では、勉強法について具体的なアドバイスをかなり盛り込んでいる。ただし、これらのことを、「このように勉強すべきだ」というノウハウとして鵜呑みにすることは、それこそこの本の趣旨に反するのである。

 

いつも自分の学習を見つめ直し、自分なりの方法を探していこうとする姿勢を忘れないでほしい。この本は、あくまでもヒントなのであり、それを参考にして自分の学習の舵取りをするのは、君自身なのである。

 

僕が、勉強法の本をいろいろと読んでみて、一番問題だと思うのは、著者自身がやってきた方法を、「こうするとよい」と一方的に書きすぎていることだ。

 

たまたま1冊の本を読んで信じ込まない方がいい。この本を読んだ読者は、勉強法のハウツー本に振り回されないで、それらをうまく利用できるようになってもらえると思う。

 

 

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