本も人生も見つけます『お探し物は図書室まで』青山美智子


人生の攻略本なんて、あればいいのに。そんなことを思ったことがある。生きるのは難しい。苦しくなる。いっそのこと終わればいいのに、と思うけど、怖いから嫌だ。未来は一寸先すら見えない道みたいで、いつ踏み外さないか、ずっとビクビク怯えている。

 

このまま一生、きっと私はここで怒られながら過ごしていくんだろうなぁ。そんなことを思ったのは、仕事でミスして怒られている最中のことだった。

 

大学を卒業して「楽そうだから」という理由で就職した販売店。私を怒っているのは上司ではなく、バイトだ。勤続十五年の古株で、まだ一年ばかりの私では頭が上がらない。

 

言うことに頭を下げて従っていたらすっかり調子に乗ってしまっているようで、もう私には何も言うことができなくなってしまった。まるで奴隷のよう。自覚はあっても、小心者の私には何も言えない。

 

そもそも、就職した理由が理由だから、仕事に熱が入るわけもなく、最初の方こそ楽しんでいた仕事も、人間関係が窮屈になっていくに従って憎むべきものに変わっていった。今では毎日のように怒られている。上達しようという気概も持てない。

 

いっそのこと辞めたいと思っても、そんな勇気は持てなかった。休みたいとは毎日のように思っているけれど、頑丈な私の身体は小さな不調こそ起こしているものの、大きな怪我もない。それが逆に不幸に思えた。

 

帰り道を、死んだ魚のような目で歩いていた。疲れ切った身体には、もう何をしようという意思すらない。会社に迷惑をかけちゃうから、そのまま生きているだけ。今の私は、会社に怒られるために生きているようなものだった。

 

ふと、顔を上げる。そこは、その地域にただひとつある図書館の前だった。そういえば、と思い出す。私は本を読むのが好きだったんだっけ。懐かしくなって、ふらふらと中に入ってみることにした。

 

図書館に来ている人は、驚くほど少ない。備え付けのソファでお爺さんが新聞を読んでいる。私は新刊コーナーを、ぼんやりと眺めていた。

 

不意に、そこに並んだ中の一冊が目に入る。『お探し物は図書室まで』という本だった。そのタイトルには見覚えがあった。SNSでちらっと見たような。

 

探し物。探し物かぁ。ずっと何かを探しているような感覚がしていた。就職する時には見つけていたそれを、どこかに失くしてしまったような、そんな焦燥感。萎えていた読書欲が、不意に湧いてくる。そうだ、読んでみよう、久しぶりに。

 

『お探し物は図書室まで』は、どうやら短編集であるらしかった。まさかそんなタイトルで、お仕事小説だとは思わなかったけれど。

 

ストーリーはどの短編も大まかな流れは同じ。迷いを抱いている主人公が、図書室で本を探すためにリファレンスの女性に話しかけたことをきっかけに、自分の人生を見つめ直し、好転させていく、というもの。

 

ああ、いいなぁ。彼らを羨ましく思う。現実がそんな上手くいくわけがない。それでも、思ってしまう。人生を導いてくれる何かが、自分にもないか、と。

 

けれど、ふと、気付く。彼らは何も、「こうすればいい」という答えを教えてもらったわけじゃなかった。リファレンスの女性がしたことといえば、求められている本とはまったく違うジャンルの本を一冊混ぜること、そして、フェルトの作品をあげること、それだけ。

 

一見何の意味もないようなそのフェルトや本から、自分の悩みを打破して進むべき道を見つけ出すのは、あくまでも主人公たち自身なのだ。彼らが前向きに考えるようになると、そこから現実も動き始める。

 

そうか。きっかけなんて何でもいいんだ。人生に答えなんてない。だからこそ、手探りでどう進めばいいかを、自分自身で目指していくしかないんだ。

 

大学を卒業した頃の私は、そもそも、物語を書きたかった。だから、楽だと思う仕事を選んだのだ。ずっと忘れていた、自分の夢。やりたかったこと。ようやく見つけたような気がした。

 

お探し物は図書室まで。うん、たしかにその通りだ。私の探し物も、ちゃんとあった。今度は大事に抱きしめていこう。また失くしてしまわないように。

 

 

仕事に迷っている人に

 

私の仕事場はエデン。楽園の名がついたその総合スーパーで、私は黒いベストとタイトスカートに身を収め、日々、レジ打ちと接客をしている。

 

私が配属されたのは衣料品部門の婦人服売り場だ。沼内さんは勤続十二年の大ベテランで、先月、「誕生日がきてゾロ目になった」と言っていた。五十五歳だろう。私のお母さんと同じぐらいだ。

 

沼内さんはパートさんの中でもリーダー的存在で、風紀委員みたいだ。いちいち細かいなぁと思うけど、間違ったことは言っていないから仕方ない。

 

……なんか、違ったかなぁ、私。私がエデンに就職した理由はひとつ。内定をくれたのがエデンだけだったからだ。私にとってとりあえず大事なのは、東京に住んでいられることだったから。

 

じゃあ、東京で何か大きなことを成し遂げたいのかといったら、それも違う。どちらかというと、東京にいたいというよりも田舎に帰りたくないという気持ちのほうが強い。

 

だけど、時々ふと考える。私、これからどうするんだろう。東京に出ようと決めたときの熱い衝動も、それが実現した時の湧き立つ思いも、もう泡になって消えてしまった。

 

このままなんとなくエデンにいて、なんとなく年をとっていくのかな。目標も夢もなく、コーラルピンクの中身だけが老いていくのかな。

 

転職。そんな言葉がちらりと頭をかすめることが何度かある。でもそれには途方もない労力が必要な気がして、動くパワーが出ない。

 

だいいち、新卒でエデンしか受からなかった私に、中卒でやれる仕事なんてあるんだろうか。

 

 

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