「大人になる」ってどういうことだろう。誕生日のその瞬間、ロウソクを吹き消しながら、そんなことを思っていた。
背が高くなったら? 胸が大きくなったら? 好きな人ができたら? 子どもができたら? 学校を卒業したら? 働くようになったら?
わからなかった。何か儀式があるのかもしれないし、そんなものなんてなくて、なんとなく大人になっていくのかもしれない。あるいは、ずっと子どものままなのかも。
私はまだ、「子ども」だ。そして、ママとパパは「大人」だ。この間には、いったい何があるんだろうか。
十一歳。私はママとパパに祝われて、一年、年を取った。ふと思い出したのは、『ハッチとマーロウ』のことだ。
十一歳の双子の女の子のお話。彼女たちはその日、ママから「あなたたちは子どもを卒業して大人になります」と言われた。
そして、それと同時に、彼女たちのママは大人を卒業してダメ人間になった。家事を何もしてくれなくなったママの代わりに、ハッチとマーロウは「大人」になることを求められる。
今日、私はハッチとマーロウと同い年になったわけだ。でも、ママもパパも相変わらず「大人」のままで、私は「子ども」のままだった。
そもそも、「大人になる」というのはどういうことだろう。私たちは何を経て、大人になっていくのだろう。
「家事もみんな自分でして、自分のことを名前で呼ぶのではなく、『わたし』ということ」
物語の中で、ママはハッチとマーロウにそう言って聞かせた。二人は動揺のままに、自分のことを「わたし」と呼ばなくてはいけなくなった。
そういう意味では、私は家事こそママにしてもらっているけれど、自分のことを「わたし」と言っているから、ハッチとマーロウよりも「大人」だった、ということになる。
そもそも、私はいつ頃から「わたし」になったのだろうか。いまいち思い出せない。最初から言っていたような気もするけれど、小さい頃は名前で呼んでいたような気もする。
ハッチとマーロウは「わたし」と呼ぶようにした最初の頃、ものすごく動揺していた。「わたし」と呼ぶことで、彼女たちの区別がつかなくなることが不安だったのだ。
ハッチとマーロウは見た目そっくりの姉妹。違うのはホクロの場所だけ。彼女たちは自分たちが一緒に行動することを当然だと思っていて、服もおそろいのものばかりを着ていた。
彼女たちはきっと、自分のことを「わたし」と呼ぶようになって、わからなくなったんだ。読んだその時の私は、そう思っていた。
ハッチとマーロウは、「わたし」になった。「わたし」という、二人の人間に。だから、二人はいつも一緒のことをしなくてはいけなくなったのだ、と。
「二人で別々になっちゃっても、心はつながっているよね」
だからだろうか、私は物語の終わりの方の、その言葉を聞いた時、とてもほっとしたのだ。
服がおそろいじゃなくても、いつも一緒じゃなくても、ハッチとマーロウは心がつながっていることを知った。
彼女たちはその瞬間、「わたし」からハッチとマーロウに戻ったのだろう。自分たちがひとりひとりの人間であることを自覚した。
その時こそ、ママに宣言されて、ではなく、本当の意味で「大人」になったのだろう。
「わたし」が世界にたったひとりだと知った時。きっと、人はその時、「大人」になるのだ。
そう考えると、私はまだ、「子ども」のままでいたいなぁ。誕生日、私はまた一歩、大人へと近づいた。
ハッチとマーロウが大人になった日
昨日、というのは去年のいちばん最後の日なのだ、マーロウとわたしがいきなり大人になったのは。
一年の終わりと一緒に、わたしたちの子ども時代はいきなり終わった。ちなみに、わたしたちが大人になるその二分くらい前に、ママは大人を卒業した。
「突然でゴメンなんだけど、実は今日でママは、大人を卒業します」
一年で最高にうきうきしているそういう最中に、いきなりそんなことを聞かされたわたしたちの気持ちって……正直自分でも、あの瞬間は何を考えてたのかわかんないんだ。
でも少なくとも、隣のマーロウはちょっとは何か考えていた。「大人を卒業した人は何になるの?」って、十秒後くらいにちゃんと聞いたから。
「大人を卒業した人はダメ人間になる」
答えるなり、ママはケーキに刺した二十二本の蝋燭の炎をぶあーーーっと一気に吹き消した。
「今日から二人は子ども卒業、子どもを卒業して大人になります」
というわけで、ママはさっき言った通り、今日で大人を卒業するから、あとはよろしく。それで、隣のマーロウと目を合わせたその瞬間、わたしたちは一緒に大人になったのだ。
ここまでが、昨日の話。それでこれが、わたしたち……マーロウとわたしの、大人時代の黎明期というやつの、始まりのお話。
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