ある憑きもの一族の年代記『不村家奇譚』彩藤アザミ


なに……不村家について聞きたい……と……? お前さん……どこでその名を知った……。悪いことは言わん……やめておけ……あの家に触れなさるのは……。

 

とはいえ、遠くからわざわざこんなところにまで来てくださったのも、何かのご縁……どうしても聞きたいというのなら……。

 

不村家は、東北に古くからある家じゃ。旧家であり、地元への影響力も強いが、誰も進んで関わろうとはしない……。

 

というのも、不村家には、ある噂があっての……身の毛もよだつような不気味な噂が……ゆえに、皆から恐れられておるのじゃ……。

 

あの一族の者は、異形のものばかりであるという……。ほほ……信じておらぬ顔じゃな? じゃが……これは、まぎれもない、現実での話じゃ……。

 

身体の一部が欠損していたり……あるいは、逆に増えていたり……身体の一部が奇妙に生まれてくる子のことを、現代では、いわゆる「奇形児」というじゃろうて……。

 

現代でこそ、医療と健康意識がよくなって、そういった子らが生まれることは少なくなった……。じゃが、かつては、無事に生まれてくることができる子の方がはるかに少なかったのじゃ……。

 

異形。不村家は、そうして生まれ育った奇形を集めておった……奉公人も、家族も、どういうわけか皆奇怪な姿をしておった……人々から恐れられ、遠ざけられるのも当然じゃろう……。

 

……ああ、そういえば……ひとつ、思い出したことがある……。儂がまだ子どもの頃……学校で不村家の者がおったのじゃが……。

 

その中で、ひとりだけ、普通の子がおったのう……。不村の家の者にしては珍しく……腕も、足もあり、目が多いということもない……少年が……。

 

その少年が今はどこにいるのか……か……。いや、知らぬ……。見た目こそ普通であっても不村の家の者よ……仲良くなんぞなかったし……学校の連中とも距離を置いていた……。

 

ああ、何か……あったような気もするのじゃが……ウウン、思い出せん。何しろ何十年も昔の話じゃからな……。

 

……ふむ、どうして不村の家の者はそれほどまでに偏執的なほど異形ばかりを集めておったのか、とな……。

 

儂も詳しくはわからん……じゃが、噂には、聞いたことがある……。なんでも、不村の家に異形ではない者が足を踏み入れると、身体を怪異に食われてしまうのだそうな……。

 

……ン、ああ、いや、儂も信じてはおらん。こんな時代に怪異なぞと、な……。じゃが、あの家に足を踏み入れた者が、帰らぬ人となったことを、儂は知っておる……。

 

何が起こったかは誰にもわからん。じゃが……あの家はそういう一族なのじゃということじゃ。それが事実にしろ、嘘にしろ……な。

 

さて……満足はいったじゃろうか……? 儂に語ることができることは、もう何もない……。そもそも、儂とあの家の関わりはほとんどないからの……ほほ……。

 

それでもなお知りたいというならば……そうじゃな……彩藤アザミというお人がおるのじゃが、知っておるかの……?

 

不村の家にもっとも詳しいのは、あのお人じゃろうて。何せ、不村家についての年代記を書いておられるのじゃから……。

 

『不村家奇譚』という本じゃ……。儂が語るよりも多くのことを、その本は語ってくれるじゃろう……。不村家の歴史から、怪異の正体、その少年のことまで……。

 

まあ、今日はもう遅い……。泊まっていきなされ……。ほほ、安心なされ……起きたら腕が一本なくなっていた……なんてことにはなるまいよ……。

 

 

異形の一族

 

厭だ、厭だ、と泣いていた。そったなわげのわがんねぇ家へ行ぐのは、おらぁ厭だ。

 

スヱは赤く腫らした目蓋を擦り、細い脚で仰向けになったまま畳を蹴った。雪国の少女は肌こそ白いが、寒風の田畑に降りるため手足の膚は厚く、春になってもあかぎれの痕が深く残った。

 

少女の回りでは、鼬に似た小動物たちが押し合うように丸まっていた。いつも裸足のスヱが風邪を引かぬのは、この毛皮のおかげだった。

 

七十五匹に増える前にスヱをどこかへやらねば。まっとうな家は飯綱憑きの家と縁組などしない。だから相手はそう選べるものではない。そう、母は言った。

 

「向ごうは何がいるの。狗か? 狐狸か?」

 

「わがらねぇ」

 

なしてぇ、とスヱはなおも喚く。母は眉を顰めた。彼女にもよくわかっていないようだった。否、誰にもわからなかったのだ。

 

不村家は他の憑き物筋とは違う一族だった。何が憑いているのか、忘れてしまうほどに旧い。彼らは自らを「水憑き」と名乗っていた。余所からの女が連れてきた霊も、流されてけして根付かない。

 

そうして佐山スヱは十七で不村家へ入った。後年、不村邸を壊滅させる大火災で死ぬ日まで、人生のほとんどを家業に捧げることになる。

 

スヱは朝な夕な、見事な庭園に出ては碑に手を合わせたという。

 

「恐え、恐え……。だども、おめらみな可哀そうだなはん」

 

ぴちっ……、ぴしゃ……。碑の後ろから、水の跳ねる音がした。

 

奇妙なことに、不村家の奉公人は、すべて異形の者だった。

 

 

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