その家は呪われている『呪怨』大石圭


幼い頃、怖くて眠れなかったことがある。眠ろうとすると、夢の中に出てくるのだ。こちらを黒い瞳で見つめる、青白い裸の少年。その映像が、頭から離れない。

 

日本のホラー映画として、真っ先に名が挙がるのは『リング』だろうか。テレビから出てくる黒髪の女。貞子による恐怖は社会現象になったほどだ。

 

だが、私は正直、『リング』を見てもあまりぴんと来なかった。ある程度、成長してから見たからかもしれない。それよりも、深く心に刻まれているホラーがある。

 

『呪怨』。私が子どもの頃、テレビで話題となり、そこら中でタイトルを耳にしていたホラー映画だ。私の中では、『リング』よりもさらに色濃く、頭の中に残っている。

 

裸で体育座りをしている青白い肌の少年。そして、奇怪な呻き声をあげながら階段を這って追いかけてくる、目をぎょろりと見開いた黒髪の女。

 

当時は、あまりに怖くて見るのをやめてしまった。しばらくは、眠れない夜が続いた。夢の中に、彼らが出てくるのだ。

 

『呪怨』の小説版が読めるようになったのも、やはりあれから何十年も経ったからだろう。大石圭先生の『呪怨』には、映画とはまた異なる恐怖が描かれている。

 

徳永和美と徳永勝也は利便性が高いわりに安いその家を気に入り、引っ越してきた。家を見て喜んでいる二人の傍ら、認知症を患っている義母だけが何かを怖がっていた。

 

三人の生活が始まるが、義母の介護で和美の心は限界に近づいていた。そんな時、彼女は部屋でスケッチブックを見つける。

 

それは以前のこの家の持ち主であった少女のもののようだ。そこに書かれている好きな男性への甘酸っぱい思い出を微笑ましく読んでいたが、途中から次第にその行動はストーカー染みたものへと変わっていく。

 

そして、そのスケッチブックには、息を呑むような凄惨な事件の末に、「私は死んだ」と書かれている。ならば、どうして日記は続いているのか。書いているのは、いったい誰……。

 

日記の主は、やってきた住民に対する凶行を嬉々として綴り、そして、そこには引っ越してきたばかりの自分たち夫婦のことまで書かれていた。

 

「殺すことにした」という言葉で、その日記は終わっている。和美の背筋に、ぞっと冷たいものが伝う。彼女は、何者かは知らない「伽椰子」というこの女が、私たちを殺すつもりなのだ、と。

 

伽椰子。そう、伽椰子だ。彼女はすでに、日本ホラーにおいて、『リング』の貞子と肩を並べるほど怖れられる存在となった。

 

私もまた、彼女のことが恐ろしかった。だが、この小説を読んだ後だと、彼女のことがまた異なる視点で見えるようになった。

 

作中には、伽椰子がどうして悪霊になってしまったか、その顛末が描かれている。彼女の視点から見た出来事も綴られていた。

 

怨霊となった伽椰子の恐ろしさだけが先に進んでいる。しかし、彼女の内面を知ってしまうと、あの恐ろしい姿が、私には哀しく思えて仕方がない。

 

伽椰子は何も悪くないのだ。ストーカーをしていた異常性はあったものの、彼女が命を落とすこととなった事件に、彼女自身の落ち度はどこにもない。子どもを愛し、夫を支える、良き妻だった。

 

それが、ただの思い込みと嫉妬によって、無残に命を奪われたのだ。彼女が世を憎み、怨霊となったのも、わかるような気がする。夫は彼女の話など、何ひとつ、聞いてくれなかったのだから。

 

彼女をただ怖れるよりも、どうして誰も彼女を救えなかったのだろうかと考える。それは映画の中の他人事じゃない。伽椰子の身に起こった悲劇は、私たちの身にも、充分に起こり得ると思う。

 

 

呪いの家

 

わたしが教室に入る。すると――それまでみんなの話し声や笑い声でにぎやかだった教室が、一瞬にして静まり返る。――沈黙。それから、視線。わたしは俯いたまま、足元だけを見つめて自分の席に向かう。

 

いつからそうだったのかは、覚えていない。たぶん、ずっとずっと昔からそうだった。わたしが近づくと人は話すのをやめ、笑うのをやめる。どうしてそうなのか、わからない。どれほど考えてみても、わたしにはわからない。

 

伽椰子という名前は両親が付けた。わたしは両親が結婚して13年目にようやくできた子供だった。けれど、父も母もそれぞれの仕事に忙しくて、わたしのそばにいてくれることがあまりなかった。それでわたしは《この家》で、たいていの時間をひとりきりで過ごした。

 

わたしは誰からも必要とされていなかった。けれど、わたしも誰も必要としなかった。だから、それまでは『おあいこ』だった。

 

けれど……大学に入った時、そのバランスが崩れてしまった。大学の同じクラスに、小林俊介くんがいたからだ。――小林くん。人を好きになるのは、初めてだった。

 

そう。あの頃、わたしはいつもいつも、小林くんの横顔や後ろ姿を見つめていた。朝には駅の改札口から出てくる小林くんを待ち伏せして跡をつけ、教室ではいつも小林くんのすぐ後ろの席に座ってその背中を見つめ続けた。好きだった。好きで好きで、たまらなかった。

 

もちろん、「あなたが好き」だなんて、告白できるわけがなかった。わたしにできたのは、小林くんへの自分の思いを茶色いスクラップブックにつづることだけだった。

 

最初からわかっていたことではあったけれど、わたしの初恋は成就しなかった。小林くんはわたしではなく、同じクラスの緑川真奈美という女と親しくなり、やがて交際するようになったのだ。

 

わたしは彼女を妬み、嫉み……憎み、呪い……そして、ついに諦めた。諦めるしかなかった。

 

 

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