二人の書店員が謎を解決する書店ミステリ『配達あかずきん』大崎梢


 胸に抱え込んだ本の中から、ひとつを、本棚に差し込んでいく。書店員として眺める書店の本棚は、客として眺めているものとは違う光景に見えた。

 

 

 小さな書店で働き始めてまだ間もない。客が訪れることは多くないが、今日は本棚の間にちらほらと姿が見えた。

 

 

 意識を少しそちらに向けながらも作業をしていると、ひとりのお客様がこちらの方に歩いてきているのが見えた。

 

 

「あの、すみません」

 

 

 声をかけてくる。困ったような表情をしていた。女性客だ。どこか上品で、白い服がよく似合っていた。しかし、今まで見かけたことはないから、常連客ではなさそうだ。

 

 

「あ、はい、どうされましたか」

 

 

 お客様に声をかけられて、私は作業を止めて、営業スマイルを浮かべると、身体をお客様の方を向けた。抱えていた本を棚に置く。

 

 

「えっと、本を探しているんですけれど、タイトルがわからなくて」

 

 

 なんでも、マンガで読んで以来気になっていた本があり、原作を読みたいと思って買いに来たそうなのだが、肝心のその本のタイトルがわからず、途方に暮れていた、ということらしい。

 

 

「それがどんな本とかって、わかりますか?」

 

 

 私が聞いてみると、彼女は視線を少し上に泳がせて思い出そうとするように顎に手を当てた。探すにしても、ヒントは必要になる。

 

 

「ええと、本を扱ったミステリだったと思うんですけど」

 

 

 彼女が答えたのは、本を扱ったミステリ。私はミステリの本棚から、いくつかの本を頭の中に思い浮かべる。ミステリはいくつか読んでいるし、棚に並べたこともある。

 

 

 しかし、本を扱ったミステリは意外と数が多いのだ。それだけのヒントでは、絞り込むのは難しそうだった。

 

 

「作者の名前とかも、わかりませんよね?」

 

 

「すみません、思い出せないです」

 

 

 そうだろうなぁ、と私は内心でため息を吐いた。とはいえ、ひとつひとつのヒントから特定の本を探し出すのは、どこか宝さがしみたいで楽しかった。

 

 

「あ、そういえば、シリーズものだった気がします。ナントカ事件メモとかいう感じの……。その一作目です」

 

 

「シリーズの一作目ですか」

 

 

 事件メモ……。たしか、そんな名称がつくシリーズがあったような気が……。けれど、あと一歩というところで出てこないのがもどかしい。

 

 

「他に覚えていることって、ありませんか」

 

 

「最初の方のストーリーを少し。今まさに、私たちがしているようなことをしていました」

 

 

「私たちがしている?」

 

 

 私が問いかけると、お客様は頷いた。少し口元がほころんでいるのは、その作品のストーリーを思い出しているのだろう。

 

 

「客から探しているのがどんな本かっていうわずかなヒントを元に、書店員が本を探すんです。あなたがミステリの探偵役ですね。おもしろかったなぁ」

 

 

 書店員が探偵。その言葉を聞いて、ふと、頭に閃く作品があった。それは、私が書店員になることを決めたきっかけの一冊だ。

 

 

「お客様、もしかしたら、わかったかもしれません」

 

 

「本当ですか」

 

 

 私は文庫本の本棚の前に歩いていく。そして、棚から一冊の本を取り出した。彼女はそれを見ると、「あっ」というような表情を浮かべた。

 

 

「こちらでしょうか」

 

 

「そう、それ、その本です」

 

 

 彼女は本当に嬉しそうに笑った。その表情を見ると、やっぱり書店員をやっていてよかったなぁと思うのだ。

 

 

 彼女の手には宝物のようにしっかりと、大崎梢先生の成風堂書店事件メモシリーズの一冊目、『配達あかずきん』が握られていた。

 

 

二人の書店員が事件を解き明かす

 

 杏子が作業台で出版案内の冊子をめくっていると、お客さんが声をかけてきた。ポロシャツの上にラフなジャケットを羽織った小柄な中年男だった。

 

 

「何かお探しでしょうか」

 

 

「いやいや、本を探してほしいというより、相談に乗ってもらいたいんだ。思いつくものがあったなら、なんでも聞かせてくれないだろうか」

 

 

「ご本をお探しなんですね?」

 

 

「そう。ちょっと頼まれた本でね」

 

 

 男性客は苦笑を浮かべ、ジャケットのポケットから紙切れを取り出した。

 

 

「ぼくの家の近所に、ひとり暮らしの年寄りがいるんだよ。でも、このごとめっきり足腰が弱くなったみたいでさ。『なんでも差し入れしますよ』と声をかけたら、本がいいって言うんだよ」

 

 

 そして読書家のご老人は、その男性客に頼みたい本をリクエストしたようなのだが、言葉が不自由で満足に聞き取れなかったというのだ。

 

 

 男性客は杏子にメモを差し出したが、そのときわざわざ「気を悪くしないでね」とつけたした。

 

 

 その意味はすぐにわかった。メモにあった言葉は日本語になっていない。というか、そもそもこれはなんだろう。寝言よりひどい。

 

 

 あのじゅうさにーち いいよんさんわん ああさぶろうに

 

 

「どうやらこれで三冊の本を指しているらしいんだ。指を三本立てていたから」

 

 

 なんとかならないだろうか。お客さんに懇願されてはあっさり放り出すわけにもいかず、杏子は真剣な顔で何度も読み返してみた。

 

 

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