目の前にそびえ立っている、高い高い本棚。その背表紙を目で追っていくと、ふと、一冊の本が目に入った。私は手を伸ばして、その本を、本と本の隙間から引っ張り出す。
それはアルバムだった。ふっと息を吹きかければ、ふわりと白い埃が空を舞う。窓から差し込む夕焼けの光がその光景を照らし出して、きらきらと輝いていた。
私はアルバムのページをそっとめくる。まず最初に収まっていたのは、一冊の絵本だった。思わず、懐かしいと微笑む。
幼い頃、夢中になって何度も読み返した絵本。今では、タイトルすらも忘れてしまった。白く塗りつぶされたタイトルをもの悲しげに見つめて、私は次のページをめくる。
やがて、一冊の本が目に入って、私は思わずページをめくる指を止めた。その本は、タイトルまではっきりと覚えている。相沢沙呼という人が書いた、『教室に並んだ背表紙』という本だった。
昔から私は長編の小説が好きで、短編集なんてのはあまり記憶に残らないのだけれど、その本に関しては、よく覚えていた。何と言っても、私の青春そのものなのだから。
収録されている六つの短編。主人公は、いずれも中学生の女の子たち。この本を読んだ当時の私と、同じ年齢の少女たちだった。
彼女たちはいずれも悩みを抱えている。友達との関係、いじめ、将来について、宿題、彼女たちはいろいろな事情で悩み、苦しみ、そして図書館に辿り着く。
図書館には、「しおり先生」という先生がいる。明るい快活な性格で、生徒が禁止されている漫画を持ってきていたり、読書感想文の宿題でズルをしようとしたりしていても頭ごなしに怒らない。
生徒と同じ目線で、けれど大人としての経験をもとに、彼女たちの悩みを解決するために、そっと背中を押してあげる。この作品を読んでいた当時は、そんな先生がいる彼女たちを羨ましく思っていたものだけれど。
私が図書室に通うようになったのは、小学生の頃から。友達との仲が上手くいかないようになって、逃げるように訪れたのが最初だったけれど、『シートン動物記』に魅了されたことをきっかけに、やがて、その場所が私の居場所になった。
中学生の頃は、教室でみんなが話しているのを尻目に、私だけ図書室に通い詰めていたことを思い出す。そこで会う後輩たちと話していたのもあって、クラスメイトよりもよほど仲良くなった。
その頃にいろんな本を読んだからこそ、今がある。このアルバムがそれなりに厚いのも、その時期があったからこそなのだろう。
けれど一方で、どこか寂しくなる。クラスメイトとの仲を諦めていた私は、教室ではいつも空気のようで、いてもいなくても変わらない、そんな存在になった。
クラスメイトとの接し方がわからなくなって、ますます私は本の世界に逃げ込んだ。セピア色の青春。私の青春に、鮮やかな色は描かれていない。
もしもあの時、私がもっと彼らと歩み寄っていたら、また違った青春を送ることができたのだろうか。当時は私の事なんて嫌っていたのだろうと勝手に思い込んでいた彼らが、実際にはそうではなかったのだろうと、今の私は知っている。
当時の私は彼らに拒絶されていたと思っていたけれど、何のことはない、私が彼らを拒絶したんだ。彼らは私を受け入れようとしてくれていたのに。
今さら後悔していても遅いのだろう。青春はもう二度と取り返せない。結局、傷つくことから逃げた私の青春は、色がないセピア色のまま、埃被ってしまった。
傷付いて、涙を流して、それでも向き合っていく。『教室に並んだ背表紙』の、彼女たちのように、まっすぐに傷つく勇気があったなら。今ではそれすらも、ただの感傷に過ぎないのだろうけれど。
少女たちの青春
なにか変わったお話を読んでみたくて、いつもの書架の前に立った。図書室に入ってすぐ、受付の近くにあるこの小さな書架には、色とりどりの文庫本が収まっている。中学生に読んでもらいたい小説を、しおり先生が選んだものみたい。
しおり先生だけじゃなくて、歴代の図書委員が選んだ本も交ざっているようだけれど、こうしてわかりやすくひとつの棚に収まっててくれるのはありがたかった。
だからといって、恋愛ものとか、部活ものとか、そういうのは読みたくないから、この棚の中からでも、ピンとくる本を見つけるのは難しい。
いま、あたしの目の前には、名作っぽい小説が、女の子のイラストに挟まれてちょっと窮屈そうにしていた。新学期に、初めて借りる本はこれがいい。あらすじを読むこともなく、直感で決めてしまった。
「あ、あおちゃん、決めた?」
「これにします」
先生はあの棚にある本だったり、自分が読んだことのある本を生徒が借りにくると、いつも嬉しそうに笑う。前に、どうして、そんなに嬉しそうな顔をするの、と訊いたら。
「だって、自分が好きな本を、好きになってくれるかもしれないんだよ」
だからって、嬉しいものなのかなぁ。あたしには、ちょっとその感覚はわからなかったけれど、幸せそうに微笑むしおり先生の顔は、けっこう好きだった。
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