憂鬱を妄想で吹き飛ばす『檸檬・冬の日』梶井基次郎


手の中にある檸檬をじっくりと眺めてみる。鮮やかな黄色。滑らかな美しい流線形。しっとりと指に吸い付く冷たさ。すんと鼻をくすぐる爽やかな香り。

 

私はそもそも檸檬が嫌いだった。酸っぱくて、おいしくない。唐揚げに勝手に檸檬をかけるような奴は許せない。どうして事あるごとに皿の片隅にアイツがいるのか、私には謎で仕方がなかった。

 

けれど、今はそこまで嫌いではなくなった。というのは、味ではなく造形に目を向けてみれば、酸っぱいだけの憎らしい邪魔者が、途端につるんとした可愛らしい姿を持つのである。

 

そのことに気が付いたのは、国語の授業で、梶井基次郎の『檸檬』を読んでからのことだった。国語の授業をあれほど真剣に受けたのは初めての経験であった。

 

病気や借金に追われて憂鬱の影にとりつかれている男が、街の光景に妄想を重ねて自らを慰めていく。その妄想の中心に置かれるのが、檸檬である。

 

彼は丸善に足を踏み入れた。日頃は心を癒してくれるその場所も、今は苦しいだけであった。しかし、彼はある妄想に至って楽しみ始める。

 

本を乱雑に並べて積み重ね、本の城を積み上げたその頂点に、檸檬を据える。そして彼はそのまま店を出た。あの檸檬が爆弾だったならば。そんな想像をしながら。

 

物語の冒頭の鬱屈した想いの根源は何ひとつ解決していない。しかし、丸善を出た彼の心は清々しい。爆弾と見立てた檸檬が、彼の憂鬱を吹き飛ばしたのだ。

 

私がこの作品を好きになったのは、その清々しさにあったからである。檸檬の爆弾が、さながら読んでいる私の憂鬱をも吹き飛ばしてくれたかのように。

 

現実の彼は、不幸のどん底にいる。借金に追われ、病気を抱えている。彼のしていることを何の解決にもならないただの妄想だと断じる人もいるかもしれない。

 

だが、「ただの妄想で何が悪いのか」と、私は思うのだ。何の解決にならずともよい。ただの気休めでもよい。この物語の後、彼は再び苦悩に満ちるかもしれない。だが少なくとも、この物語の終わりは檸檬のように爽やかに終わるのだ。

 

彼のその前向きな姿勢は、私を救った。これを知ったばかりの当時学生の私は、人間関係の不和と将来への不安に押し潰され、焦燥感に駆られていた。

 

どうにかせねば。ずっと、そんなふうに悩んでいたのだ。だが、『檸檬』を読んだことで、私は悩むことをやめた。問題から目を背け、全力で現実から逃避することに決めたのである。

 

その瞬間、心がふっと軽くなった。すると不思議なことに、私はそれまでずっと悩んでいたことが大したことではないように思うようになっていた。

 

奇妙なことであるが、悩むのをやめると、それまでは一向に解決しなかった悩みの根本が、まるで知恵の輪でも解くかのようにするすると解決に向かったのである。

 

私はその時から学んだ。考えることは必要だ。だが、悩むのは不要である。悩めば悩むほど人はさらに深奥へともぐり、心がさらに暗がりへと沈んでいく。やがて気が付いた時には、浮上することすら難しく息が詰まるのだ。

 

大事なのは、前に進むために考えることだ。悩むのではなく、解決策を考えることだ。そして行動すること。それこそが必要なのである。

 

だがそのためには、まずは悩みから脱しないといけない。彼にとってのそれは檸檬であった。そして妄想であった。悩みがあるならば、悩まない。私は『檸檬』からその姿勢を学んだ。

 

私は手の中の檸檬をじっと眺める。カチ、カチ、カチと音がする。切ると文字盤が出てくるのだろうか。時計の針と針が重なった時、世界が真っ白に染まった。ああ、きっと彼も、こんな気持ちだったのだろうな。

 

 

檸檬爆弾

 

えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終抑えつけていた。焦燥といおうか、嫌悪といおうか、肺尖カタルや神経衰弱がいけないのではない。また背を焼くような借金などがいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ。

 

何かが私を居た堪らずさせるのだ。それで始終私は街から街を浮浪し続けていた。時々私は、ふと、其処が京都から何百里も離れた市へ今自分が来ているのだ――という錯覚を起こそうと努める。

 

私は、できることなら京都から逃げ出して誰ひとり知らないような市へ行ってしまいたかった。

 

第一に安静。がらんとした旅館の一室。清浄な蒲団。匂いのいい蚊帳と糊のよくきいた浴衣。其処でひと月ほど何も思わず横になりたい。願わくは此処がいつの間にかその市になっているのだったら。

 

錯覚がようやく成功し始めると私はそれからそれへ想像の絵具を塗りつけてゆく。何のことはない、私の錯覚と壊れかかった街との二重写しである。そして私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ。

 

察しはつくだろうが私にはまるで金がなかった。生活がまだ蝕まれていなかった以前私の好きであったところは、例えば丸善であった。しかし此処ももうその頃の私にとっては重苦しい場所に過ぎなかった。書籍、学生、勘定台、これらはみな借金取りの亡霊のように私には見えるのだった。

 

その日私は買い物をした。というのはその店には珍しい檸檬が出ていたのだ。一体私はあの檸檬が好きだ。結局私はそれをひとつだけ買うことにした。

 

 

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