現実はいつだって残酷だ。私たちが高い理想を掲げても、いつもそれを踏み砕いてくれる。どうして戦争はなくならないのか。どうして誰かが犠牲になるのか。どうして。どうして。どうして。
理想を追い求めるべきか、現実を見て妥協を選ぶか。私はずっと、そのことを考え込んでいた。住野よる先生の『青くて痛くて脆い』を読んだその時から。
もちろん、理想は叶う方がいい。だけど、私たちが生きているのは現実であって、そこに足がついていなければ、生きることすらできなくなる。私はそのことを、社会に出て、嫌というほど思い知った。
『青くて痛くて脆い』は、大学生の楓の視点で語られる。物語の主軸になるのは、後に彼の友人となる秋好寿乃という女性の思想だ。
正義感が強く、まっすぐで、空気が読めない。彼女はそんな人間だった。教授の講義中に挙手して理想を声高に語る、いわゆる「痛い子」。楓も彼女を軽蔑していたけれど、ひょんなことから彼らは友人となり、ともに行動するようになる。
秋好は「なりたい自分になる」という誰もが持っている理想を叶える手伝いをするために、サークルを作ることを考えた。そして、楓と二人で立ち上げたのは、「モアイ」という団体。
それから月日が流れ、楓は再びひとりになっていた。「モアイ」を取り仕切っているのはヒロと呼ばれる人物である。
規模は大きく膨れ上がり、いわゆる「意識高い系」の学生が集まるサークルとして、毎日のように企業に所属するOBやOGを招いて交流会をするような団体になった。
けれど、果たしてそれは、かつて友人である秋好の語った理想なのか。いや、違う。楓は彼女の理想を守るために、変わってしまった「モアイ」を壊すことに決めたのだった。
読んでいて、思わず胸が苦しくなった。楓とヒロ、どちらが間違っているだなんて、私には言えない。どちらも正しくて、どちらも間違っていると思う。
「大人になる」という言葉が、私は嫌いだ。理想を追い求めることを諦めて、目の前の現実に妥協して生きるようになることこそが、「大人になる」ということなのだと、私は思っている。
「大人になる」とは、果たして「成長」なのだろうか、とも思う。けれど、理想を求めるために現実が必要なのは、どうしようもない事実なのだ。だからこそ、理想に至る道はつらく険しい。
私は秋好の考え方が好きで、つまりは楓の理想が好きだ。誰に笑われようとも、愚直に理想を追い求める。きれいごとでもいいじゃないか。理想を追い求めなければ、人生なんてひどくつまらないものだろうと思う。
今や、秋好のように、理想や夢やきれいごとを声高に語ると、「痛い奴」として笑われたり、馬鹿にされるような世の中になってしまった。それがひどく寂しいことであるように、私は感じてしまう。
戦争なんてなくなればいいのに。誰も傷つかないような世の中になればいいのに。みんなの願いが叶えばいいのに。みんながなりたい自分になれたらいいのに。みんな仲良くできたらいいのに。世の中の不幸が、全部なくなっちゃえばいいのに。
誰もが思うような、そんな幼稚な願いを、言って何が悪いというのか。それを馬鹿にして笑うことを「大人になった」と言うのなら、私は大人になんてなりたくない。
理想と現実
あらゆる自分の行動には相手を不快にさせてしまう可能性がある。高校卒業までの十八年間でそういう考えに至った僕は、自らの人生におけるテーマを大学一年生にして決めつけていた。
つまり、人に不用意に近づきすぎないことと、誰かの意見に反する意見をできるだけ口に出さないこと。だから大学で初めて秋好寿乃を見た時には心底、世の中には自信過剰で愚かな、そして鈍い人がいるのものだと、馬鹿にした。
大学一年生になって二週目の月曜日。授業選びもあらかた終えて、今週からいよいよ本格的に勉強が始まる。そんな、大学生に最も正しい意欲がある日、僕は一人ポツンと、大講堂の端っこに座っていた。
早速退屈に思えてきた授業。その声は、ちょうど僕の頬杖の位置がずれ、頭がかくんと下がった時に聞こえてきた。
「すみませんっ、質問してもいいですか?」
大きく快活な声が、静かな講堂に響き渡った。声は、僕の席から右側に一つ席を飛ばした場所にいる女の子から聞こえてきた。
「この世界に暴力はいらないと思います」
そんな言葉で始まった彼女の質問、という名前を借りただけの意見表明は、聞いているこっちが恥ずかしくなってしまうようなものだった。
いわゆる、理想論ってやつだろうか。講師との会話を通じて、恥をさらし終えた彼女が黙ると、授業はまるで彼女の存在を無視するように、それでいてどこかの誰かを馬鹿にするような雰囲気をまといながら進んだ。
僕がその後、改めて彼女に視線を送ったのは、馬鹿な発言をした奴が否定された時の不機嫌そうな顔を見て面白がるようなところがあったからだ。
だからちらりと横に座っている彼女の表情を見た時には、意外には思った。彼女が、傷ついたような顔をしていたからだ。関わろうとは思わないまでも、僕はきっとその時の彼女の顔に、興味を持った。
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