密室にひそむ謎『狐火の家』貴志祐介


密室。推理小説好きにとって、それほど心惹かれる言葉はないだろう。実に単純ながら、その壁は推理の前に高くそびえ、まずはその牙城を崩さないと何も始まらない。密室とは、最初にして最難関の試練なのである。

 

『鍵のかかった部屋』というドラマを、私は一時、夢中になって見ていた。アイドルグループである「嵐」の大野智さんが探偵の榎本を演じていたドラマである。私がそのドラマに夢中になった理由は、二つある。

 

まずひとつに、私は推理小説が好きであるということ。「密室」で起こる謎めいた事件を、探偵が華麗な推理で解決する。そんな王道の推理小説が大好きであった。

 

次に、私は「嵐」の大野くんが好きであるということ。「嵐」の活動停止には泣いた。以上の理由によって、私は『鍵のかかった部屋』の原作を読もうと思い至ったのである。が、見つからず、代わりに同作者の『狐火の家』を借りたら、なんとシリーズもので驚いた。

 

そもそも、『狐火の家』とは何か。『鍵のかかった部屋』も属する、「防犯探偵・榎本シリーズ」の一端である。「密室」をテーマにした事件が多く描かれているシリーズだ。

 

探偵である榎本は、防犯ショップを運営している男である。しかし、彼には裏の顔があった。実はこの榎本という男、泥棒なのである。

 

そのため、「密室」などはお手の物、なにせ泥棒だ。密室を開けることなど、むしろ本職。彼の推理には、警察や、弁護士も助けられている。おかげで、彼らは彼を泥棒と知りつつも捕まえることができない。

 

『狐火の家』は、その「防犯探偵・榎本」シリーズのひとつであった。いくつかの短編が収録された短編集となっている。

 

タイトルからはなんだかオドロオドロシイような、あるいはファンタジーかホラーのような様相を呈しているが、そんなことはない。ただし、虫が苦手な人は注意して読むべきかもしれないが。

 

「密室」の中で、男が一人、倒れている。彼はすでに事切れていて、俯せになって寝そべっていた。まるで眠っているように見えるが、彼の心臓は、先刻から鼓動を刻むことをやめていた。

 

「密室」という空間には、不思議なものがあると思う。多くのミステリ作家が「密室」を追い求めて作品を創り、しかし、密室のドアの前で急に立ち止まってしまった。

 

密室を創り出すのは簡単だ。窓も含めて、戸を完全に閉じればいい。しかし、事件が起こった後、密室から被害者と加害者を導き出すのは、どうにも難しい。

 

だからこそ、私たちは「密室」に惹かれるのだ。鍵のかけられた部屋を開くと、現れるのは、「謎」という名の怪物である。

 

まさに、狐につままれたかのような。しかし、その真実は、探偵榎本の前では、不気味でも何でもない、ただの現実であることがわかるのだ。

 

私はその瞬間が好きだった。謎の多い密室が、ただの部屋になる瞬間が。それは、曇っていた世界が一気に開けたかのような清々しさがある。

 

次は、『鍵のかかった部屋』でも読もう。そう心に決めて、私は本を閉じた。『狐火の家』もおもしろかったから、このシリーズのものを一気に読んでみるのも楽しいかもしれない。

 

私が心を躍らせていると、不意に、ガチャリ、という無機質な音が背後から聞こえた。何の音だろう。私は思わず振り向く。

 

扉には鍵をかけている。その鍵が、ゆっくりと開くのを、たしかに私は見た。開かれた密室の先に、いったい何があるのか。私は思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

 

密室を解き明かす

 

三十分以上谷間の道を走ってから、ワゴン車はようやく荒神村に入った。西に向かって一本道の村道は、狐火集落を通過した。

 

西野家は、その道を突き当たりまで進んだ、村はずれにあった。西野は、玄関前にワゴン車を止めた。玄関の呼び鈴を鳴らしたが、誰も出てこない。

 

西野は舌打ちした。一昨日から、一家で松本市内の親戚宅に泊まりに行っていたのだが、長女の愛実だけが、一足早く今日の朝一番の電車で帰っていた。昼までには家に帰っていると言っていたのだが、まだらしい。

 

錠前に鍵を差し込んで回し、建て付けの悪い引き戸を開けて、薄暗い土間に入った。

 

「ただいま」

 

誰もいないとわかっている家に、週刊で声をかける。上がり框に足を載せたとき、強烈な違和感に襲われた。何だろう。怪訝な思いで土間を見回すと、原因はすぐにわかった。愛実の白いスニーカーが、土間の隅にきちんと揃えてあるのだ。

 

ここにスニーカーがある以上は、愛実はすでに帰っているはずなのだ。西野は、家の奥に向かって大声で呼んでみた。

 

「愛実!」

 

返事はない。西野は胸騒ぎを覚えた。発泡スチロールのケースとバッグをその場に置き、玄関から次の間に抜けた時には、早足になっていた。

 

「愛実?」

 

奥座敷の襖を開け放って、西野は立ちすくんだ。その先は、悪夢の中のようだった。西野は、ぐったりと畳の上に横たわった娘の側に駆け寄り、片膝をついた。

 

最愛の娘は、息をしていなかった。細く華奢な身体は、ゆっくりと冷たくなり始めている。

 

 

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