特殊な能力を持った双子のヒーロー物語『フーガはユーガ』伊坂幸太郎


同じ顔。同じ声。同じ誕生日。けれど性格は違う。僕と彼は双子だった。僕は本が好きで、臆病だった。彼は運動が好きで、ヒーローに憧れていた。

 

「また本読んでるのか」

 

「うん」

 

「サッカーの人数が足りないんだが、やらないか」

 

「わかった」

 

僕は本に栞を挟んで立ちあがった。彼と二人並んで、校庭に向かう。歩きながら、彼が話しかけてきた。さっき僕が読んでいた本が気になったらしい。

 

「何を読んでいたんだ?」

 

「伊坂幸太郎」

 

「ああ、お前がよく好きだって言ってた」

 

「そう」

 

「どんなタイトルなんだ?」

 

「『フーガはユーガ』ってやつ」

 

「なんだそりゃ。変なタイトルだな」

 

実際、変なタイトルだと思う。けれど、だからこそずらりと並んだ本の中で目についたのだし、読もうと思って手に取ったのだ。

 

「双子の話だよ」

 

「俺たちみたいな」

 

「そう、僕たちみたいな」

 

物語はファミレスで、ひとりの男と常盤優我が向き合って会話をしているところから始まる。優我が話し出したのは、双子の弟、風雅のことだった。

 

「で、どんな話なんだよ」

 

「双子の兄弟、優我と風雅は父親からひどい虐待を受けながら育った。でも、彼らはある時、不思議な力に目覚めるんだ」

 

「なるほど。で、その能力で父親をギタギタに懲らしめてやる、と」

 

「さあね、そこまで読んでいないからわからないや」

 

誕生日。年に一回のその日、優我と風雅は二時間ごとに入れ替わる。服や姿勢はそのままで、互いにいる場所が入れ替わるのだ。少しだけ制限付きの瞬間移動。

 

彼らは研究を重ねてその能力に対する理解を深め、次第にそれを年に一回の習慣として受け止めるようになり、さらには利用すらできるようになる。

 

「でも」

 

「ん?」

 

「たぶん、この話、好きだと思うよ」

 

「そうか」

 

悲惨な境遇の双子が不思議な能力を手にして、誰かを救うヒーローになる。これはそんな話だ。

 

「じゃあ早く読んで聞かせてくれよ」

 

「自分で読む気はないんだね」

 

「わかってるだろ?」

 

「まあね」

 

彼は僕と違って読書が嫌いである。ただ、物語は好きらしい。だから、僕が本を読んだ時は、必ず彼にも内容を口で説明して伝える。彼はそれで満足するのだ。

 

「あっ」

 

突然、彼が立ち止まる。僕もつられて立ち止まった。

 

「どうかした?」

 

「忘れてた」

 

「何を?」

 

「時間、見ろよ」

 

「……ああ」

 

時計を見て納得した。なるほど、そろそろ時間だ。すっかり忘れていた。危ないところだ。このままサッカーに行っていたら、大変なことになっていたかもしれない。

 

「それはそれでおもしろそうだけどな」

 

「そうかな」

 

言いながら、僕と彼は同時にトイレに入る。そして、それぞれ個室に入った。他に人はいなかったけれど、念のため。

 

「それにしても」

 

「うん」

 

「これって双子特有の現象なのか?」

 

「さあね」

 

時計を見る。秒針が少しずつ動いていた。そろそろだ。僕は心の中でカウントダウンを始める。十、九、八……三、二、一……。世界がぴたりと動きを止めた。

 

「早く行こうぜ。サッカーに遅れちまう」

 

「はいはい」

 

僕は彼が入っていった個室から出て、先に外に出ていた彼の後を追いかけた。

 

 

不思議な能力を持った双子

 

僕が殴られているのを、僕は少し離れた場所で感じている。四歳の、いや、五歳になった時だった。

 

テレビで放送されていた番組は何だったのか。何しろ隣の部屋からあの男が「おまえはテレビを観てればいいんだよ」と怒鳴ってきたからで、内容はともかく、ひたすら目をテレビに向けていた。

 

少しでも視線を逸らしたら、すぐにばれて殴られてしまう。誰が殴られる? 僕だ。あっちの僕はすでに殴られている。

 

あの男が今、どうして怒り出したのかはわからない。いつだって、そうだ。気付いた時には男は、もうひとりの僕を隣の部屋に連れて行って、蹴ったり、引っぱたいたりしはじめ、僕には「テレビを観てろ」と命令した。

 

やめて、と叫ぶ声が聞こえた。隣の部屋からだ。向こうの僕が言い、僕も心の中で声を上げている。自分が我慢できずに立ち上がり、そこを眺めていたことに気付いた。

 

隣の部屋で僕が暴れている。身体をじたばたさせて、逃げようとしているけれど、それを男が押さえつけている。小さな身体に乗っかっている。

 

家中がぶるぶると揺れた。覗き込んでいたから、また怒られたのだ。何と言ったかはわからないが、大声に押されて僕はテレビの部屋に戻る。画面を見てはいるけれど、何も考えられない。このままだと僕が大変なことになってしまう。

 

助けて! そう祈る自分がいた。たぶん頭にあったのは、テレビで観るスーパーヒーローの姿だ。実際にはそんなことは起きない。僕の家の中には、家族以外はいないし、誰も、「変身」などせず、助けてもくれない。

 

どうしてそうしたのかはわからない。いつの間にか台所にいて、お母さんがいつも立っているあたり、棚をいじった。調味料の入った引き出しを開けていて、手にはサラダ油があった。服を脱いでいた。身体にそれを塗った。

 

 

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