差別は憎むべきことだ。アメリカは、世界のリーダーとして偉ぶっちゃあいるが、その実、その根底には、どの時代にだって根深く差別の温床が残っていやがるのさ。差別をしてはいけませんって言われる今の時代でもな。
俺ァ差別が嫌いだ。昔、ガキの頃、黒人の女の子が転校してきたことがある。すぐにまた転校していっちまったが、普通の、愛らしい女の子だった。肌の色が黒かろうが白かろうが、何ら変わりやしねぇのさ。
『風と共に去りぬ』って作品がある。まあ、有名な作品だ。あんたもタイトルだけは知っているだろうさ。ミッチェルってェ作家が書いた歴史小説だ。
だが、この作品、どうやらエライ批判を受けている。なんでかって言うと、差別を助長しているような内容だからさ。
主人公のスカーレット・オハラは、南部の白人貴族の娘だ。彼女の周りの人間も、ほとんどは白人。黒人の奴隷なんてのも登場するが、どうやら、その扱いが奴等の腹に据えかねたって話だな。
だから、映画は一大ブームを巻き起こすほどの大ヒットを生み出したわけだが、人種差別的な発言や登場人物のいくらかは変更されたってェ話だ。
だがなぁ、俺ァ思うんだよ。たしかに、差別はいけないことだ。だが、それらをただ感情的に「悪」として、隠そうとしていることが、そもそもいけねぇんじゃねぇかってな。
『風と共に去りぬ』は歴史小説だ。スカーレット・オハラが生きたのは、南北戦争の時代だ。奴隷制もまだ残っていた。
たしかに、黒人からしてみれば、白人至上主義を肯定するようなこの作品は、見ていて不快だろうよ。だが、「不快だから発禁にしろ」は、むしろ根元の解決にならねぇ。
いくら不愉快だろうと、アメリカにその差別の歴史があったのは紛れもない事実だ。現代では差別がいけないとされていても、スカーレットの生きていた時代はそうじゃない。
むしろ、その差別の歴史をありのままに見られることにこそ、価値があるんじゃねぇか。臭いものに蓋をするだけじゃあ、いつまで経ってもそこから消えやしない。
差別がアメリカの歴史の負の一面だっていうのなら、そこを隠すべきじゃない。そんな差別が平然と行われていた歴史があったのだと、そしてそれは間違っていることなのだと、目を背けずに見なきゃいけないんだ。
アメリカから差別が消えないのは、過去を隠そうとしているからだ。そうじゃない。本来ならば、過去から学ばなければならないのに。
多くの批判を受けている『風と共に去りぬ』は、著者であるミッチェルが膨大な時間をかけて書き上げた。誰もが知っているほどの、社会現象すら巻き起こした不朽の名作であることは確かだ。
そして何より、差別を、憎むべきアメリカの負の遺産を、歴史の通り、ありのままに描いていることにこそ、この作品の価値がある。
もしも、この作品から著者自身の差別が感じ取れたなら、それもまた、ひとつの歴史だろう。良い悪いじゃないのさ。忌むべきものも、望まれるものも、歴史なんだ。大事なのは、歴史から俺たち自身が何を感じ取るか、さ。
少なくとも、この『風と共に去りぬ』という作品が、多くの批判を受けようとも、今もなおその名の伝わる傑作であることに変わりない。それだけは、確かなことさ。
女の恋と別離
スカーレット・オハラは美人ではなかったが、双子のタールトン兄弟がそうだったように、ひとたび彼女の魅力にとらえられてしまうと、そんなことに気のつくものは、ほとんどないくらいだった。
一八六一年四月の、ある輝かしい午後、父の大農園タラのポーチの涼しい陰に、タールトン家の双子兄妹スチュアートとブレントとともに腰をおろしている彼女の姿は、一幅の絵のように美しかった。
双子は、もう帰る時刻だと気が付いた。だが、母親と顔を合わせるのが嫌だったので、今にもスカーレットが夕食に呼んでくれはせぬかと期待して、タラのポーチにぐずぐずしていた。
「ねえ、スカーレット、明日のことなんだけど、ぼくらは、園遊会のことも舞踏会のことも知らずにいたのだが、だからといって、明晩踊って悪いという理由はないだろう。まさか、まだ全部約束済みではないだろうね」
「ううん、約束済みよ。だって、あなたたちが帰ってくるなんてこと知らなかったんですもの」
「ねえ、きみ、ぼくには最初のワルツを、スチュアートには最後のワルツを、そして夕食はぼくたちといっしょにする約束をしてくれないか」
「きみが約束してくれれば、ぼくたちだって、秘密のことを話してあげるぜ」
「どんなこと?」
「ぼくたちが昨日アトランタで汽車を待っていると、ちょうどピティおばさんが馬車で通りかかったのさ。そこで馬を止めて、ぼくらとちょっと話したんだが、そのとき、明晩のウィルクス家の舞踏会で婚約の発表があるはずだともたらしてくれたんだよ」
「こんど発表されるというのは、アシュレとね、チャールズの妹のメラニーとの婚約のことだんだ」
スカーレットは、顔色は変わらなかったが、唇は白くなっていった。ちょうど、警告もなしに致命的な一撃をくらった人が、その衝撃を受けた瞬間には、しばらく何事が起こったかわからないのと同じだった。
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