「人間は蛇と話せない。そうだろ?」
彼の言葉に私は頷いた。今さら言われるまでもない、それは当たり前のことだった。蛇だけじゃなく、動物と会話なんてできやしない。
「だが、君は俺の言葉がわかるらしい。じゃあ、君は人間じゃないんだな」
ガラスケースの中で蛇がそう言った。私は憮然とする。人間に『人間じゃない』と言われてもショックを受けるけれど、蛇に言われたのだからなおさらだった。
「私は人間だよ」
私が言い返すと、彼は目を閉じて首を横に振る。なんだかひどく大人びた態度だった。腹が立つ。説明文を見た感じ、年齢は私よりもずっと幼いはずなのに。
「君が今さっき自分が人間じゃないと言ったんだろう。蛇と話せる人間はいないって」
だけど、今まさに君は話している。だったら、君は人間じゃないということにならないか。蛇は鎌首を傾げてくる。
私だって文句を言いたいくらいだ。まさか私も蛇とこうして会話ができるなんて思わなかったのだから。
ガラスケースの中でとぐろを巻いている蛇に、ふと思い立って「ご機嫌いかが」なんて気取った挨拶をしてみただけなのだ。
もちろん、返事なんて返ってくると思わなかった。ぬいぐるみに話しているのと同じ。けれど、蛇は私と視線を合わせて「最高だよ」と言った。
「どこにも行けやしないし、じろじろ見られるし。ああ、まったく最高だよ。ガラスケースをバンバン叩く子供は本当に勘弁願いたいね」
なんて、二股の舌をちらつかせながら、やたらと流暢に話すものだから、私はうっかり「そうだろうねえ」なんて答えた。
その時の彼のきょとんとした顔は忘れないだろう。蛇のきょとんとした顔なんて一生のうちに見られるかどうかだ。
「君は俺の言葉がわかるのかい?」
「そうみたい」
そこから、彼は堰を切ったように話し出した。彼は蛇のくせに物知りで、話し相手に飢えていたらしい。
「私、普通じゃないのかな」
普通の子は蛇となんて話せない。私が人間であることは疑いようもないけれど、私は普通ではないのかもしれない。
不安に駆られていると、彼は不思議そうに首を傾げた。つぶらな瞳がかわいらしいのが、なんだか腹立たしい。
「劣っているわけじゃないのに、何が嫌なのか、俺にはわからんね」
蛇と話せるなんて君しかできない得意技じゃないか。少なくとも、俺は君以外に会話したことなんてないし。彼はにやりと笑う。
「なんなら、君みたいな人間を、どう呼ぶか、俺は知ってるぜ。君みたいに、不思議なことができる人間を」
魔法使いって、言うんだろう。彼はそう言った。
とあるイギリスの魔法使いの話
俺がまだ故郷にいた時のことだ。そこで、一匹の蛇と出会ったのさ。こいつがまた気の良いやつで、俺たちはすぐに気が合った。
そいつはブラジルから来たらしいんだが、生まれたところは違ったらしい。俺が今、こうしているような、動物園の中だったのさ。
じゃあ、そいつがどうやってこのガラスケースの中から出たかっていうとだな、そいつはそこでひとりの少年と出会ったらしいのさ。
その少年もまた、蛇と話せたらしい。そいつがその少年と話したのはほんの少しだった。邪魔が入ったらしくてな。
でも、忘れられない時間なんだとよ。その少年は人間のくせに蛇である自分にも優しかったらしいぜ。
ただ、そいつがその少年に感謝しているのは、その後らしい。なんとガラスケースをきれいさっぱり消してくれたんだとよ。
そのおかげで、そいつは憧れのブラジルに行くことができた。だから、感謝してもしきれない恩人なんだとよ。
飛んでたふくろうの言うことじゃあ、そいつは魔法使いになったらしい。だから、あんたももしかしたらなれるかもな。
魔法ってのは力だ。俺の毒と同じさ。使い方を間違えりゃあ、危険だろう。だけどな、魔法が使えりゃあ、今まで助けられなかったのも助けられることができるってことだ。
そこで相談なんだが、こうして友達になったよしみで、このガラスケースを消してくれないか。なんなら、お前の普通じゃないところを嫌う誰かに噛みついてやってもいいぜ。
ああ、だめか。そいつは残念だな。まあ、いいさ。久しぶりに話せて楽しかったぜ。ブラジルの蛇にあったらよろしく伝えておいてくれ。
魔法学校の冒険の始まり
塀の上の猫は銅像のようにじっと座ったまま、プリベット通りの奥の曲がり角を見つめていた。二羽のフクロウが頭上を飛び交っても、毛一本動かさない。
真夜中近くになって、初めて猫は動いた。猫が見つめていたあたりの曲がり角に、ひとりの男が現れた。この人の名はアルバス・ダンブルドア。
ダンブルドアは四番地の方へと歩いた。塀の上の猫の隣りに腰かけ、顔は向けずに、猫に向かって話しかけた。
トラ猫の方に顔を向け、ほほえみかけると、猫はすでに消えていた。かわりに、厳格そうな女の人が座っていた。
「マクゴナガル先生、こんなところで奇遇じゃのう」
しかし、奇遇ではなかった。彼女はダンブルドアに聞きたいことがあった。そのために、一日中堅い塀の上で待っていたのだ。
「ダンブルドア先生、『あの人』は本当に消えてしまったのでしょうね? みんながどんな噂をしているか、ご存知ですか?」
昨夜、ヴォルデモートがゴドリックの谷に現われた。噂では、リリーとジェームズ、ポッター夫妻が、亡くなったと。
それだけじゃない。一人息子のハリー・ポッターをも手に掛けようとして、彼は失敗した。ヴォルデモートの力は打ち砕かれ、だから彼は姿を消したのだと。
ダンブルドアはむっつりと頷いた。マクゴナガル先生はレースのハンカチを取り出し、メガネの下から目に押し当てた。
「ハグリッドは遅いのう」
ダンブルドアは時計を見て言った。彼がここにいるのは、身寄りのなくなったハリーを叔母夫婦のところに連れてくるためだった。
二人が話していると、低いゴロゴロという音があたりの静けさを破った。二人が同時に空を見上げると、大きなオートバイが空から降ってきて、二人の目の前に着陸した。
巨大なオートバイだったが、それにまたがっている男に比べればちっぽけなものだ。筋肉隆々の巨大な腕に、なにか毛布にくるまったものを抱えていた。彼こそがハグリッドだった。
ダンブルドアとマクゴナガル先生は毛布の包みの中を覗き込んだ。かすかに、男の赤ん坊が見えた。額には不思議な形の傷が見えた。稲妻のような形だ。
ダンブルドアはハリーを腕に抱き、庭の低い生け垣をまたいで、ダーズリー家の玄関へと歩いていった。
そっとハリーを戸口に置くと、マントから手紙を取り出し、ハリーをくるんだ毛布にはさみこみ、二人のところに戻ってきた。
ハグリッドは流れ落ちる涙を上着の袖でぬぐい、オートバイにまたがり、エンジンをかけた。バイクはうなりを上げて空に舞い上がり、夜の闇へと消えていった。
ダンブルドアはくるりと背を向け、通りの向こうに向かって歩き出した。トラ猫が道の向こう側の角をしなやかに曲がっていくのが見えた。
「幸運を祈るよ、ハリー」
ダンブルドアはそうつぶやくと、靴のかかとでクルクルッと回転し、ヒュッというマントの音とともに消えた。
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