戯言遣いとの出会いの背景にある真相が明らかに『零崎人識の人間関係 戯言遣いとの関係』西尾維新


 ここはミステリ作品の世界である。だから、こんなことが起こるのだ。私だけがそのことを知っていた。

 

 

 喫茶店の床に倒れた男。彼はすでに息をしていない。つい少し前に、突然、彼は倒れたのだ。その時にはすでにこと切れていた。

 

 

 誰かが警察を呼んだのだろう、数分と経たないうちに警察が乗り込んでくる。彼らが来るまでの間はワンカットしかない。お手軽なものだ。

 

 

 警察は、男と友人だという女性を疑っているようだった。正面に座っていることから、その可能性が高いと踏んだのだろう。

 

 

 しかし、そんなはずはない。なにせ、ここはミステリの世界だからだ。推理も何もなく、あっさりと犯人が捕まるわけがない。

 

 

 女性はひどく取り乱して否定を叫んでいる。友人を失った悲しみと警察への恐怖で半錯乱状態にあるようだ。

 

 

「おいおい、刑事さん。だめですよ。ご婦人にはもっと優しくしないとね」

 

 

 不意にそんなことを言って、悠々と入ってきたのはくたびれたコートを羽織った男である。警察は動揺し、女性は救いを求める視線を向け、周囲は怪訝そうに見つめていた。

 

 

 彼はまるで当然の権利のように飄々と倒れた男のそばにかがみこむ。警察がいくら止めようとしても、まあまあ、なんて言ってちっとも聞こうとしない。

 

 

 やがて、彼は何度か頷いて立ち上がった。そして、容疑者の彼女の腕を掴んでいる警察に言うのだ。

 

 

「刑事さん、彼女の手を放してやってください。彼女は犯人ではありません」

 

 

「なんだと!」

 

 

 だったら、お前は真犯人がわかったとでもいうのか。息巻く警察に、コートの男が当たり前のように頷くものだから、愕然とする。

 

 

「じゃあ言ってみろ! 誰が犯人なのか」

 

 

 ええ、もちろん。彼は頷いて、ひとりに視線を向ける。その視線の先にいたのは、喫茶店のウェイターの男だった。彼はその男を指差す。

 

 

「あなたが犯人です」

 

 

 もったいぶるような大仰な動きでキメ顔をしながら決め台詞を言う探偵と、戸惑った表情の陰で怪しく笑う犯人。

 

 

 ひそかに探偵に熱っぽい視線を向ける容疑者の女性と、苦々しくも呆れている視線を向けて鼻を鳴らしている警察。

 

 

 そして、驚愕し、にわかにざわめきだすエキストラたち。そこからは、まさしく探偵の推理ショーの始まりである。

 

 

 ああ、まったく。とんだ茶番だ。私は喫茶店の窓際の席からその光景を眺めながら呟いた。

 

 

名前も役割もない登場人物

 

 ミステリ小説の登場人物は、しばしば構図をわかりやすくするために探偵小説のステレオタイプの呼称で呼ばれる。

 

 

 事件を解決する探偵役。その事件を記録するという名目のワトスン役。警察の所属である刑事役。発端となる被害者役。そして、最大の敵となる犯人役である。

 

 

 そう、役。彼らはあくまでも役なのだ。それぞれが物語を盛り上げるためのパズルのピースのひとつでしかない。そして、物語が盛り上がるというのはつまり、探偵の活躍のことだ。

 

 

 全ては探偵役を活躍させるための舞台装置だ。あるいは、探偵自身ですらも、その装置の一部だ。

 

 

 犯人は探偵と渡り合うために、知略に長け、演技にも優れた人物となり、犯罪という悪事を美化されて描かれる。

 

 

 そのために、犯人以上の悪役に描かれるのが被害者だ。最初に、それこそ物のように置かれるだけの存在。彼らはすでに人ではなく、ミステリにおいて彼らに人権はない。

 

 

 犯人を被害者が立てるのと同じように、探偵を立てるのは警察やワトスン役の役割だ。

 

 

 そのために、彼らは探偵よりもはるかに無能に描かれる。特に警察なんて、時には読者の不興を買うような不愉快な人物となることすらある。

 

 

 推理のために倫理も善悪も逆転してしまった世界。それこそがミステリの世界だ。

 

 

 もしも。もしも、今、目の前で気持ちよく解説をしている探偵の推理を遮って物語の最大の見せ場を台無しにしたならば。

 

 

 名前もなく、役割もない、ただの一般人である私が彼らの鼻を明かす。それはさぞかし心地よいのだろうな。私はそれを思わず想像してほくそ笑んだ。

 

 

京都連続通り魔事件の真相が明らかに

 

 佐々沙咲が暮らすのは十人全員が警察官という公務員宿舎である。リスクマネジメントの環境は最高だ。最高に安全だ。安全が完全だ。

 

 

 明日もあるし、今日は早く休んじゃおう。そんなことを考えながら自室のドアの鍵を開けたのだが、靴脱ぎに見覚えのある、しかし所有物でないハイヒールを目視したところでそんな予定を放棄した。

 

 

 沙咲は一人暮らしである。ゆえに、彼女のものではない靴が、この玄関口にあるという現象はいたって奇妙なはずなのだが、なにせこれは初めてのことではない。

 

 

 沙咲は靴を脱いでサムターンを回し、ダイニングキッチンの方へと向かった。案の定、赤い女がソファで寝転がってテレビを観ていた。

 

 

 沙咲は隣の傍若無人な友人を眺めるようにした。八年ぶりくらいになるのか。ご無沙汰しているどころの期間ではない。

 

 

 あたし一体何しに来たんだっけな――と哀川潤は頭をかく。本当に、自分がどうしてここに来たのか、思い出せないらしい。

 

 

 彼女が沙咲を訪ねた理由を思い出したのは、シャワーを浴びて出前で頼んだ食事を食べていた時だった。

 

 

「そうだ! そうだった! あたしはお前に謝りに来たんだった!」

 

 

 大きな声でそう言って、哀川潤は食事を取りやめ、レンゲをテーブルに置く。おっかなびっくり、沙咲は訊く。なんとか平静を装っているけれど、恐る恐るもいいところだ。

 

 

「ほれ、憶えてんだろ。京都で、十人以上の民間人が通り魔の被害にあったっつー大事件があったの」

 

 

 それは八年前の事件だ。佐々沙咲は目の前の請負人、哀川潤に、その大事件の解決を依頼した。その結果として、たしかに大事件は収束を見せたのだったが。

 

 

「実はな。あたしはあのとき、事件を解決した後で、お前には嘘の報告をしたんだ」

 

 

 知りたくもないし、思い出したくもないとは思うけど、知ってもらうし、思い出してもらうぜ。哀川潤はそう言った。

 

 

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