衰退した人類の生活と妖精さん『人類は衰退しました』田中ロミオ


 我々人類の作り上げた文明とやらが脆くも崩れ去ってしまったのも、もう数年前になります。

 

 

 まさか我々自身が誇っていた科学技術が我々自身を滅ぼすことになろうとは。誰もが予想していた未来を、発明者チームだけは予想できなかったのでしょう。

 

 

 当時の電子情報媒体が打ち捨てられた店内にころがっていました。そこには科学によって危機を迎える人類が描かれていたのです。

 

 

 おそらく、それは架空の創造物というものでしょう。しかし、それは未来にこうなるであろうことの警告であったように思えます。

 

 

 まあ、本当に滅びてしまった今、それはもう、すでに手遅れな話なのでありましょうけれど。

 

 

 窓の外から何かを叩くような音が聞こえます。見てみると、ゾンビが窓をノックしていました。

 

 

 彼らはもうそろそろお食事の時間だと喚いているのです。その口元には赤いものがついていました。さっきもう食べたでしょ。言っても聞き耳なんて持ちやしません。

 

 

 私は目の前でカーテンを閉めました。少し破れたカーテンには小さな穴が開いていて、そこから彼の白濁した瞳が覗いています。

 

 

 お腹がすいたよぅ。お腹がすいたよぅ。そんな声が聞こえるようでしたが、私は答えません。

 

 

 彼の食事の時間というのはつまり、私の永遠のおねむの時間ということになるからです。

 

 

 彼を差し置いて、私は棚の奥に非常食である乾パンの缶を発見した私は歓喜に震えます。

 

 

 どうやら、ここの家の以前の住人は災害に備えるほど用心深い生活をしていたようです。その用心が最後まで生かされたかは知りませんけれど。

 

 

 私は缶をナイフで無理やりこじ開けると、小さな乾パンを取り出しました。ここ数日、まともに食べていない私にとって、それはとてもおいしそうに見えたのです。

 

 

 かじってみると、無味乾燥な味に、ただでさえ少ない口の中の水分が一気に吸い取られたかのようでした。

 

 

 ああ、これが最後の食事。せめてオレンジジュースが一緒に欲しかった。リンゴジュースでもいいから。

 

 

 求めて出てくるわけもなく、私は仕方なく乾パンに私の水分を呑ませながら懐から本を取り出しました。

 

 

 それは私が数日前に廃墟となった本屋から見つけ出した戦利品です。『人類は衰退しました』という紙媒体でした。

 

 

 あまりにも現在の状況を皮肉ったようなタイトルなものだから、思わず手に取ってしまったのです。

 

 

 私はページを開きました。さて、この一冊を読み終わるまでは、待ってもらえると嬉しいのですけれども。

 

 

衰退の先に

 

 窓の外からたくさんの呻き声や、何かを引きずるような音が聞こえます。それはどんどん増えているようです。

 

 

 窓がぎしぎしと軋む音が聞こえます。彼らはよっぽどお腹を空かせているようですね。

 

 

 彼らが妖精さんみたいに大人しい存在だったなら、私たちもまた、こんな終わり方をしないで済んだのでしょうか。

 

 

 衰退した世界でわずかな資源に食らいつきながら牧歌的に終わりを待つのか、それとも、多くの人たちのように気づかないうちに終わった方がいいのか。

 

 

 どちらが幸せなのかはわかりません。私はどちらの終わり方もそれなりに嫌いではないんですよね。

 

 

 『人類は衰退しました』はほのぼのとした世界観と絵柄に騙されますが、相当に深くまで抉るような作品だと感じました。

 

 

 メルヘンなオブラートに包みこんだ痛烈な皮肉は、現代社会や人類そのものに対して向けられています。

 

 

 こうして私たちの世界も終わりを迎えた今、その皮肉には頷けるところも多いなぁとしみじみ思いますね。

 

 

 いえ、むしろ、妖精さんだとか牧歌的な雰囲気だとかはみんなカモフラージュで、皮肉たっぷりの風刺こそがこの作品の本質なのでしょう。

 

 

 主人公である『わたし』ちゃんの腹黒さはある意味ではとても人間らしく、ゾンビの獣性しかしばらく見ていない私には懐かしく感じます。

 

 

 終わりが始まった時、多くの人間は人間性のその奥にある身勝手さを露わにしていきました。

 

 

 その醜い本能に曝されたからこそ、私はこんなふうに諦観と冷たさで自分の幕引きを待っているのでしょうね。

 

 

 最後に、『わたし』ちゃんのように、人間らしくあがいてみせようか。いや、もう遅いかな。

 

 

 窓が勢いよく割れて、破片が床に飛び散る音を、私はどこか遠くの世界の出来事であるかのようにぼんやりと聞いていたのです。

 

 

人類が衰退した世界で調停官として働く「わたし」のSFファンタジー

 

 学舎とは、人類最後の教育機関でした。かつての大学、かつての民間団体、それらの統合機関として学舎が生まれたのは百年以上も昔の話です。

 

 

 わたしたち十二名の卒業をもって、学舎も閉校を迎えました。卒業と同時に里での就職を決めたわたしは、自ら進んで過酷な道に身を投じることを決意したのです。

 

 

 祖父との再会は数年ぶりのことでした。わたしは祖父の後を継いで調停官となることを決めたのです。

 

 

 調停官は旧人類であるわたしたちに台頭した新人類との良好な関係を維持するために設立された公的機関です。

 

 

 しかし、いざ蓋を開けてみれば、その機関が精力的だったのは設立初期くらいで、今やただの形骸化した閑職となり果てていました。

 

 

 完全に趣味を楽しむ姿勢の祖父に仕事を要求すると、新人類に挨拶に行くよう命じられ、わたしは彼らがいたとされるゴミ山に赴いたのです。

 

 

 穴を掘って、空き缶を埋めて、瓶詰の金平糖を設置します。あとは工作した手作りの小さな旗をさして、準備は完了。あとは待つだけ。

 

 

 うっかり寝てしまい、目が覚めると、仕掛けの周辺でわたしは彼らの姿を見ることができたのです。

 

 

 極端に低い頭身、人間用のボタンをひとつだけつけた厚手の外套。三角帽子を乗せた大きな頭。ちんまい手袋とブーツ。全員がやんちゃな男の子のような印象。平均身長十センチ。

 

 

 彼らこそ新たに地球で人類として扱われる存在、妖精さんなのです。

 

 

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