最強の吸血鬼と最初の眷族の哀しい過去『鬼物語』西尾維新


「何か、ぼくに隠していることが、あるんじゃないかな」

 

 

 問い詰めるような彼の言葉に、私は首を傾げた。本当に心当たりがない。ただ、普段は温厚な彼が今までにないくらい怒っていることだけはわかった。

 

 

「何のこと?」

 

 

「とぼけても無駄だよ」

 

 

 これ、と彼が見せたのは私の携帯だ。彼は操作して画像フォルダを開く。そして、一枚の画像を私の眼前に突き出した。

 

 

「この男はいったい、誰なんだ?」

 

 

 その写真には私と、もうひとり、同い年くらいの男性が写っている。そして、それは彼ではない。

 

 

 その男は精悍な印象を与える人物で、白い歯を見せて笑っている。男は私の肩に手を置いて、私も笑っていた。

 

 

 いかにも親しげな態度。それは決してただの友人同士の付き合いではないとわかるだろう。それはまさに恋人同士の距離感だった。

 

 

 なるほど、これを見て彼は浮気だと私を疑ったのだろう。だからこそ、今、こうして糾弾しているのだろう。

 

 

 しかし、それはまるっきり見当はずれなのだ。私はため息を吐いてみせて、答える。

 

 

「元カレだよ。二年前に付き合ってた」

 

 

「元カレだって。そんな話、ぼくは一度も聞いていない」

 

 

 それはそうだろう。私自身、こういうことにでもならなければ、彼のことを話そうなんて思わなかった。

 

 

「君が嘘を言っているかもしれないだろう。本当かどうか、証明してもらうまで、ぼくは君を信用できない」

 

 

 その男と会わせろ。ぼくが彼に直接聞いて確かめてやる。彼はそんなことを言った。

 

 

 この男はこんなに面倒くさい性格をしていたのか。いや、嫉妬深いのかな。温厚だと思っていたのだけれど。

 

 

「いや、会わせられないの」

 

 

 私がそう答えると、彼は得意げに鼻を鳴らした。ほら、やっぱりやましい仲なのだと言わんばかりに。

 

 

 違うの。私は首を振って答える。どうして彼と会わせることができないのかを。

 

 

 だって、彼、もうこの世にいないんだもの。私がそう言うと、彼はどこか気まずげに瞳を揺らした。

 

 

過去に消えた恋

 

 彼は交通事故でこの世を去った。君とずっと一緒にいるよと言ってくれた彼の、なんともあっけない最期だった。

 

 

 当時は彼の思い出の欠片に触れるたびに、涙がとめどなく流れた。きっと、その頃に、私の涙は枯れてしまったのだろう。

 

 

 彼との出会いは高校の二年生の頃だった。友達に人数合わせで参加させられた合コンで、同じく人数合わせで参加していたのが彼だった。

 

 

 というのが、当時の私の印象なのだけれど、彼はどうやら、それ以前から私のことが気になっていたらしいというのは、後から彼から聞いた話だった。

 

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 

 かすかに頬を赤らめて言葉に詰まる彼は、体の大きさに似合わずかわいらしかった。そのたどたどしい態度に、むしろ私は好感を抱いた。

 

 

 私と彼はテーブルの一番端で、みんながはしゃいでいる中でありながら、まるで私たちだけのところが別の空気があるようにすら思えた。

 

 

 彼とはぽつぽつとした会話しかしなかったけれど、彼の誠実で真面目な性格はそれだけでも十分だった。

 

 

 そんな第一印象だったが、どうやらそれは照れていたらしく、素の性格の彼は活発で明るいのだということを私が知ったのは、彼と付き合ってからだった。

 

 

 とはいえ、その時にはもう、彼のそんなところも素敵だというくらいには私も彼のことが好きになっていた。

 

 

「写真撮ろうぜ」

 

 

「写真?」

 

 

「おう。携帯でもいいからさ」

 

 

「なんで?」

 

 

「今の幸せを、宝物として切り取っておこうと思ってな」

 

 

 これからも、ずっと一緒にいよう。そして、宝物をいっぱい増やすんだ。そういって、私と彼は写真を撮った。

 

 

 結局、それからしばらくして彼は突然、交通事故でこの世を去って、その写真が最後の宝物になってしまったのだけれど。

 

 

 と、これが彼との思い出。信用してくれた? 信用してくれないならそれでもいいけどね。

 

 

 もう終わりにしよう。私は今の思い出以上に信用できる証拠なんて出せないし、あなたはずっと疑うのでしょう。

 

 

 それに、携帯を勝手に見る男なんて、私、嫌いだし。最低だと思うよ。それじゃあね。ばいばい。

 

 

伝説の吸血鬼の哀しい過去

 

 忍野忍と言う名前は、僕達の間ではすでに十分に馴染んでいて、僕にとっては何の違和感もなく、胸にすとんと落ちるものである。

 

 

 もともとあったキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードという名前は、すでに過去のものとなっているのだろう。

 

 

 思い出とともに語られる何かであり、言ってしまえば今のあいつとは、何ら関係がなかったりする。

 

 

 言うまでもなく過去の自分なんてのは、ちょっとした他人よりもよっぽど他人であり、自己嫌悪とは全く違う嫌悪を抱く対象だ。

 

 

 それが間違ったことであろうと、それが正しいことであろうと、そこに辿り着くまでの道筋は無限のようである。

 

 

 その無限からどれを選ぶかは、究極的には、そのときどきの、言ってしまえば気まぐれに委ねるしかないのだろう。

 

 

 忍が、今の忍であること。違う忍ではない、今の忍であること。僕にとって何よりの救いであるその事実は、彼女の、そのときどきの気まぐれの産物と言えよう。

 

 

 そんな彼女の気まぐれが、四百年前どんな風に動いたかという話を、今回はしよう。四百年前、彼女がこの国でどういう目に遭ったのか、そして何をしたのか――そういう話だ。

 

 

 忍野忍。彼女の時系列を遡る話だ。忍の時計を巻き戻す。僕、阿良々木暦も。あいつのことを思いながら話そう。

 

 

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