聖女も騎士も半端だと落ち込む少女が成長するラブコメディ『お飾り聖女は前線で戦いたい!』さき


 私はもどかしく思っていました。いつも安全圏で祈ることしかできない自分自身に。

 

 

 仲間たちはみんな、私に声をかけてくれます。ありがとうと感謝してくれて、こんな私でも、仲間として大切に扱ってくれるのです。

 

 

 もちろん、自分の役割というものは、はっきりと理解していました。戦っている彼らのために祈り、回復させることが私の役目だと。

 

 

 しかし、私には、それがもどかしい。いつも情けなく思うのです。彼らがいないと何もできない自分の弱さが。

 

 

 強大な敵に立ち向かい、傷ついていく仲間たち。彼らが痛みを感じるたびに、私も胸が痛むのです。

 

 

 私だけが安全圏で、彼らに守られながら、ぬくぬくと。彼らはあんなにも傷つきながらも立ち上がって、戦っているのに。

 

 

 聖女として彼らを守れると思っていました。祈ることで彼らの役に立つことができると思っていました。

 

 

 でも、私は祈ることしかできません。彼らの後ろで、彼らの傷ついていく背中を見て。

 

 

 彼らの傷を癒すのが私です。だからこそ、彼らも安心して戦うことができるのだし、私を守ってくれるのでしょう。

 

 

 でも、叶うならば。叶うならば、私は。

 

 

 彼らの後ろではなく、隣に立って戦いたいのだと、そう思うのです。

 

 

ともに傷つき、ともに戦う

 

 私は柄をもって新しく新調したばかりの剣を抱えました。その重みは肩へと響きましたが、むしろその重みこそが私が今まで逃げてきて、そして望んだものでした。

 

 

 神殿でお世話になった先生からは、強く反対されました。他の人たちも、やめるようにと言ってきました。

 

 

 でも、仲間たちがやりたいようにしたらいいと笑ってくれたから。悩みを打ち明けた私をただ受け入れてくれたから。

 

 

 私はもう、守られるだけの存在は嫌でした。こんな私を仲間として迎え入れてくれた、そんな優しい彼らに報いたいのです。

 

 

 今までは何も持っていなかった手。今はその手のひらに、一本の重たい剣が収まっていることにかすかな感動を覚えます。

 

 

 構えると、気持ちがさざ波のように荒立ちました。でも、どこか心の奥底では穏やかな森のように落ち着いているのです。不思議な感覚でした。

 

 

 敵を目の前にすると、恐怖で足が震えます。あまりの恐ろしさに、今にも気を失ってしまいそうでした。

 

 

 でも、私には仲間がいるのです。肩を並べて、ともに戦う、頼りになる仲間が。

 

 

 彼らには今まで、守られてばかりでした。だから、今度は私が彼らを守るのです。

 

 

 私は恐怖を打ち払って目の前の敵を睨み付けました。足を軽く折り曲げると、一気に伸ばして、私は勢いよく敵に向かって駆けだします。

 

 

お飾りの聖女が人生を切り開くために奮闘するラブコメディ

 

 王宮の最奥に設けられた一室は、まるで国の威厳を現すかのように豪華で厳かな造りをしている。

 

 

 そんな一室の上座には、これまた部屋の規模に見合った豪華な椅子が置かれている。

 

 

 玉座と呼んでも差し支えないほどの椅子だ。だがそこに座るのは一国の王ではなく、小柄な一人の少女。

 

 

 上座に座る少女をキャスリーンと呼び、老人がゆっくりと歩み寄る。彼はキャスリーンに身体の痛みを訴える。

 

 

 老人の言葉に、上座に座るキャスリーンはゆっくりと一度頷き、厳かに、そしてやや大げさに片手を上げた。

 

 

 周囲の空気が張り詰める中、キャスリーンが流れるような所作で老人に向けて手を伸ばした。

 

 

 何も持っていない、これから何を持つわけでもない。ただ手を伸ばすだけだ。それも触れることなく空を掻いてすぐさま引いてしまう。

 

 

 それだけだというのに老人の表情が晴れやかなものに変わった。先ほどまでの乞うような色はなく、痛々しそうに腰をさすることもない。

 

 

 高らかに鐘の音が鳴ったのはちょうどその時だ。それと同時にキャスリーンの隣りに立っていた女性が終わりを宣言した。

 

 

 キャスリーンは最後のひとりが立ち去っていくのをただ黙って見送っていた。ベールで覆われた下でこれでもかとうんざりとした表情を浮かべていた。

 

 

 キャスリーン・トルステアは聖女である。代々続く聖女の家系の末裔。癒しの力を分け隔てなく国民に捧げ、聖女としての役割を全うする。

 

 

 しかし、これがなかなかどうして上手くいかない。

 

 

 聖女の癒しを求める者たちの救済願い。だが実際はどれも自業自得や気候による体の不調、老いによる衰えがほとんどだ。

 

 

 聖女の正装は布をふんだんに使っており、そのせいで思い。それらを取っ払うように脱ぎ、別の服に着替えて、金の髪を手早く三つ編みに結ぶ。

 

 

 纏っているのは騎士の制服。白を基調とした色づかいと細部の飾りが厳格さを感じさせ、それでいて動きやすい。

 

 

 キャスリーンは行って参りますと元気よく告げ、扉へと向かい、少し開けると顔を出して廊下の様子をうかがった。

 

 

 キャスリーン、いや、第四騎士隊所属のキャスが扉から飛び出すとともに、金の三つ編みを揺らして廊下を駆けた。

 

 

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